木下祐一†(農林水産省消費・安全局衛生管理課企画管理係長)
|
1.は じ め に
平成15年5月,牛海綿状脳症(以下「BSE」という.)感染牛の国内発生を受けた「BSE問題に関する調査検討委員会報告」等を踏まえて,食品安全行政について抜本的に見直すため,食品安全基本法が制定された.
食品の安全性の確保のためには,農林水産物の生産段階においても万全の措置を講ずる必要があることから,肥料取締法,薬事法,農薬取締法,家畜伝染病予防法及び飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律(飼料安全法)について,同年6月に所要の改正が行われた.
家畜伝染病予防法については,[1]家畜の飼養段階での衛生管理の徹底を図り,家畜の伝染性疾病の発生を抑制するための衛生管理基準の設定,[2]重大な家畜伝染病についての防疫マニュアルの作成等を柱とする改正が行われた.このうち[2]については,平成13年のBSEの発生では,国内初の発生であったことから,具体的対策の知見がなく,また,発生を想定した緊急対応マニュアルもなかったため,初動対応が不十分となり,不必要に混乱を招いたことが指摘されていたことを受け,特に総合的に発生の予防及びまん延の防止のための措置を講ずる必要のある家畜伝染病に関して,国,地方公共団体,関係機関等が連携して取り組む家畜伝染病の発生の予防及びまん延の防止等の措置を講ずるための指針(特定家畜伝染病防疫指針.以下「指針」という.)を,あらかじめ食料・農業・農村政策審議会(以下「審議会」という.)の意見を聴いて作成し公表することとされた(家畜伝染病予防法(以下「法」という.)第3条の2).
本稿では,指針作成の経過,その内容等について紹介する.
|
|
家畜伝染病予防法(昭和26年法律第166号)(抜粋)
(特定家畜伝染病防疫指針)
第3条の2 農林水産大臣は,家畜伝染病のうち,特に総合的に発生の予防及びまん延の防止のための措置を講ずる必要があるものとして農林水産省令で定めるもの(注:口蹄疫,BSE及び高病原性鳥インフルエンザ)について,検査,消毒,家畜等の移動の制限その他当該家畜伝染病に応じて必要となる措置を総合的に実施するための指針(以下この条において「特定家畜伝染病防疫指針」という.)を作成し,公表するものとする.
2 都道府県知事及び市町村長は,特定家畜伝染病防疫指針に基づき,この法律の規定による家畜伝染病の発生の予防及びまん延の防止のための措置を講ずるものとする.
3 農林水産大臣は,特定家畜伝染病防疫指針を作成し,変更し,または廃止しようとするときは,食料・農業・農村政策審議会の意見を聴かなければならない. |
|
|
|
2.経 過
(1)対象疾病
指針については,審議会の意見を聴いて作成・公表することとされたことから,平成15年9月19日,農林水産大臣名で,審議会会長あて指針の作成について諮問し,審議会においては,9月22日,消費安全分科会の下に家畜衛生部会(以下「部会」という.)を設置し,さらに,部会の下に,牛豚等疾病小委員会,プリオン病小委員会及び家きん疾病小委員会を設置し,それぞれの小委員会において,口蹄疫,BSE及び高病原性鳥インフルエンザに関する指針の作成について,専門的,技術的に調査審議していくこととされた.これら3疾病を指針作成の対象としたのは,主に以下の理由による.
[1]口蹄疫
空気伝播が認められるなど伝播力がきわめて強く,まん延防止措置の成否いかんが家畜生産に甚大な影響を及ぼす疾病であり,特に,平成12年に92年ぶりにわが国で発生が認められたことから,今後も万一の発生に備えた万全の対策を整える必要があること.
[2]BSE
平成13年における発生を契機として国民の食の安全に対する関心が高まり,法の改正に至ったことから,今後とも,発生時の適切な対応がわが国の家畜生産はもとより国民生活の混乱を防ぐ上できわめて重要であること.
[3]高病原性鳥インフルエンザ
伝播力及び病性が強いことから,発生時に養鶏経営に与える影響がきわめて大きく,海外において人畜共通感染症として注目されつつあること.(その後,平成16年1月に79年ぶりにわが国で発生が認められた.)
(2)作成経緯
[1]口蹄疫
平成15年12月16日及び平成16年5月10日に開催された牛豚等疾病小委員会(小委員長:柏崎 守元家畜衛生試験場長)において,口蹄疫の防疫措置について具体的に規定した口蹄疫防疫要領(平成14年6月24日付け14生畜第1816号農林水産省生産局畜産部長通知)を踏まえ,調査審議を行い,平成16年11月17日の審議会会長からの最終答申を受け,12月1日,農林水産大臣名で公表(官報掲載)した.
[2]BSE
平成16年6月3日に開催されたプリオン病小委員会(小委員長:小野寺 節 東京大学大学院教授)において,
・ |
都道府県が行うBSEの検査及び発生時の対応を迅速かつ的確に実施するためのBSE検査対応マニュアル(平成13年10月18日付け13生畜第3956号農林水産省生産局畜産部長通知). |
・ |
BSEの患畜が確認された場合等において国または都道府県等が講ずべき措置に関する基本的な計画であるBSE対策基本計画(平成14年7月31日農林水産大臣・厚生労働大臣公表)を踏まえ,調査審議を行い,平成16年11月17日の審議会会長からの最終答申を受け,11月29日,農林水産大臣名で公表(官報掲載)した. |
[3]高病原性鳥インフルエンザ
平成15年12月18日,平成16年6月9日,7月16日及び10月15日に開催された家きん疾病小委員会(小委員長:喜田 宏 北海道大学大学院教授)において,国内における本病の発生予防措置及び発生時における防疫措置を適切に実施するため,国,都道府県,関係機関等における対応措置を定めた高病原性鳥インフルエンザ防疫マニュアル(平成15年9月17日付け15消安第1736号農林水産省消費・安全局衛生管理課長通知)を踏まえ,調査審議を行い,平成16年11月17日の審議会会長からの最終答申を受け,11月18日,農林水産大臣名で公表(官報掲載)した. |
|
3.内 容
[1]「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」の概要
第1 基本方針
・ |
国内で発生した際には,国際的な本病清浄国の防疫原則に則り,殺処分により本病の撲滅を図り,常在化を防止する対策を実施. |
・ |
すべての関係者が一体となって侵入防止による清浄性の維持及び早期発見のための監視体制の強化を図るとともに,発生時における迅速かつ的確なまん延防止対策が講じられるよう,危機管理体制を構築. |
第2 防疫措置
・ |
偶蹄類の家畜の所有者に対し,異常がみられた場合には,ただちに獣医師の診察を求めるとともに,家畜保健衛生所に通報するなど,早期発見,早期通報に努めるよう指導. |
・ |
家畜防疫員は,家畜の所有者,獣医師等から異常家畜を発見した旨の通報があった場合には,緊急的な措置について指導または依頼を行うとともに,ただちに立入検査を実施. |
・ |
本病が否定できない場合には,家畜防疫員は,病性鑑定材料を採取し,動物衛生研究所に搬送. |
・ |
病性決定時には,関係機関等と連絡を取りつつ,都道府県と農林水産省で公表し,それぞれ防疫対策本部を設置.必要に応じ,他都道府県の家畜防疫員,農林水産省の防疫専門家等も動員. |
・ |
患畜等の殺処分,死体または汚染物品の焼却,畜舎の消毒等の必要なまん延防止措置を早急に実施. |
・ |
家畜,その死体または本病の病原体をひろげるおそれがある物品について,移動制限区域(原則として半径10km以内)及び搬出制限区域(原則として半径20km)を設定.制限区域内の飼養農場等については,立入検査を実施し,清浄性を確認. |
・ |
ワクチンは,原則として,殺処分と移動制限による方法のみではまん延防止が困難であると判断された場合に接種.接種を行った家畜については,接種を行った旨の標識を付し,その移動を制限. |
・ |
発生時には,関係機関が連携し,感染源及び感染経路の究明のための網羅的な疫学調査を実施. |
第3 防疫対応の強化
・ |
関係機関と連携し,農林水産省,都道府県及び市町村の各段階で,危機管理体制を構築. |
・ |
隣接都道府県及び都道府県内関係者の参加を幅広く求め,発生時を想定した防疫演習等を実施. |
・ |
農林水産省は,動物衛生研究所等の試験研究機関との連携を強化し,本病に関する研究を積極的に推進. |
・ |
本病の発生を的確に予防する観点から,飼養衛生管理基準の遵守等による家畜の適切な衛生管理の方法について助言及び指導. |
[2]「BSEに関する特定家畜伝染病防疫指針」の概要
第1 基本方針
・ |
輸出国における本病の発生状況,発生リスク等に関する情報に基づく輸入検疫及び反すう動物由来たん白質を原料または材料とする飼料等の給与禁止措置を確実に実施することにより,発生の予防を図るとともに,本病を疑う症状を呈した牛または死亡した牛の検査及び当該検査に基づく措置を的確に実施することにより,まん延防止を図ることが重要. |
・ |
すべての関係者が一体となって,本病の発生予防及びまん延防止措置の的確な実施のための体制を整備するとともに,発生時において迅速かつ的確なまん延防止措置が講じられるよう危機管理体制を構築. |
第2 防疫措置
・ |
家畜の所有者,獣医師等に対し,農場段階において進行性の臨床症状を呈した牛等を発見したときは,速やかに家畜保健衛生所に通報するよう周知し,立入検査等において家畜防疫員が異常牛であると判断した場合にあっては,疑似患畜として本病の迅速診断検査を実施. |
・ |
迅速診断検査の結果が陽性である場合にあっては,動物衛生研究所に病性鑑定材料を送付し,確定検査を実施. |
・ |
24カ月齢以上の牛が死亡したときは,当該牛の死体を検案した獣医師等に対し,その旨を速やかに家畜保健衛生所に届け出るよう周知し,届出があった死亡牛について,本病の迅速診断検査を実施. |
・ |
と畜検査における本病のスクリーニング検査の結果が陽性である場合にあっては,出荷農場の所在する都道府県畜産主務課は,ただちに出荷農場を特定し,当該出荷農場における移動の自粛の要請,導入元関連農場の特定の疫学調査等を実施. |
・ |
患畜発生農場等においては,疑似患畜の殺処分,死体または汚染物品の焼却,畜舎の消毒等の必要な防疫措置を実施するとともに,当該農場等における牛の飼養状況,給与飼料等の疫学情報を収集. |
・ |
と畜検査の結果,本病と確定診断された場合にあっては,家畜防疫員は,と畜検査員と連携し,と畜場の設置者等が行うと畜場の消毒及び患畜の焼却を確認. |
・ |
発生時には,関係機関が連携し,感染源及び感染経路の究明のための網羅的な疫学調査を実施. |
第3 防疫対応の強化
・ |
関係機関と連携し,国,都道府県及び市町村の各段階で,危機管理体制を構築. |
・ |
国は,動物衛生研究所等の試験研究機関との連携を強化し,本病に関する研究を積極的に推進. |
・ |
本病の防疫措置に当たっては,患畜の生産・出荷農場,患畜との同居牛,疑似患畜等の特定を迅速かつ的確に行うため,牛個体識別台帳の情報を適切に活用. |
[3]「高病原性鳥インフルエンザに関する特定家畜伝染病防疫指針」の概要
第1 基本方針
・ |
国内で発生した際には,国際的な本病清浄国の防疫原則に則り,殺処分により本病の撲滅を図り,常在化を防止する対策を実施. |
・ |
すべての関係者が一体となって侵入防止による清浄性の維持及び早期発見のための監視体制の強化を図るとともに,発生時における迅速かつ的確なまん延防止対策が講じられるよう,危機管理体制を構築. |
第2 防疫措置
・ |
本病に関する知識の普及・啓発に努め,本病を疑う症例を発見した旨の通報等を受けたときは,ただちに家畜防疫員による立入検査を実施. |
・ |
臨床症状を示す家きん及び死亡した家きんを対象に,家畜保健衛生所は動物衛生研究所と連携し,病性鑑定を実施. |
・ |
病性決定時には,関係機関等と連絡を取りつつ,都道府県と農林水産省で公表し,それぞれ対策本部を設置.必要に応じ,他都道府県の家畜防疫員,農林水産省の防疫専門家等も動員. |
・ |
防疫措置の実施に当たっては,公衆衛生部局と連携し,防疫作業に従事する者の感染防止に努めるよう十分留意. |
・ |
患畜等の殺処分,死体または汚染物品の焼却,畜舎の消毒等の必要なまん延防止措置を早急に実施. |
・ |
家きん,その死体または本病の病原体をひろげるおそれがある物品について,移動制限区域(原則として半径10km以内)及び搬出制限区域を設定.制限区域内の飼養農場等については,立入検査を実施し,清浄性を確認. |
・ |
ワクチンは,原則として,同一の移動制限区域内の複数の農場で本病が続発し,発生農場の飼養家きんの迅速なとう汰が困難となり,または困難になると判断される場合に接種.接種を行った家きん等については,接種を行った旨の標識を付し,その移動を制限するとともに,接種農場においてはモニタリングを実施. |
・ |
発生時には,関係機関が連携し,感染経路の究明のための網羅的な疫学調査を実施. |
第3 防疫対応の強化
・ |
関係機関と連携し,国,都道府県及び市町村の各段階で,危機管理体制を構築. |
・ |
隣接都道府県及び都道府県内関係者の参加を幅広く求め,発生時を想定した防疫演習等を実施. |
・ |
農林水産省は,動物衛生研究所,大学等の試験研究機関との連携を強化し,本病に関する研究を積極的に推進. |
・ |
本病の発生を迅速に発見する監視体制を継続し,地域の実態にあったモニタリングを実施. |
なお,それぞれの指針に基づき,発生予防及びまん延防止措置の実施に当たっての留意事項について(口蹄疫:平成16年12月1日付け16消安第6315号農林水産省消費・安全局長通知,BSE:平成16年11月29日付け16消安第6226号農林水産省消費・安全局長通知,高病原性鳥インフルエンザ:平成16年11月18日付け16消安第6227号農林水産省消費・安全局長通知)を発出しており,これら指針及び指針に基づく留意事項については,農林水産省ホームページ
(http://www.maff.go.jp/tori/20041118bousi-mokuji.htm)に掲載されているので,参照されたい. |
|
4.お わ り に
指針は,家畜伝染病のうち,特に総合的に発生の予防及びまん延の防止のための措置を講ずる必要があるものについて作成しており,これら疾病については,国,都道府県のみならず,家畜の診療や保健衛生の指導等という重要な責務を担っている獣医師の協力が不可欠である.
特に,家畜の所有者に対する発生予防対策の助言・指導,万一の場合の早期発見・早期通報については,家畜の所有者と密に接している獣医師に期待するところが大であり,今後とも,指針に基づく防疫措置のみならず,家畜の伝染性疾病対策全般にわたり,ご理解とご協力をお願いしたい. |