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家畜衛生業務に従事した34年間を振り返って
木村容子†(群馬県家畜衛生研究所長・群馬県獣医師会会員)
2004年4月,家畜衛生関連職場における最初の女性管理職の一人として,群馬県家畜衛生研究所長に就任した.1970年3月,日本獣医畜産大学を卒業して,同年4月群馬県に入庁し,中央家畜病性鑑定所に配属されて以来34年が経過している.配属2年目で生化学担当として家畜衛生試験場における病性鑑定特殊講習会を受講し,翌年には病性鑑定生化学と研修施設の新築に設計から携わることになった.テストケースで採用した最初の女性獣医師に随分大仕事をまかせたものだ.完成した施設はその年のうちに会計検査を受けた.まだ,仕事の流れも十分に理解できていない私に次々と試練が押し寄せた.しかし,こうした経験は男性社会に1人で生きる私に,勇気と自信を与えてくれた. 担当を任された生化学の仕事は当時,従事する研究者もデータも少なく,正常値の確立から始めなければならなかったが,目の前にある疾病はすべて目新しいデーターとして報告することができ,ある意味ラッキーだった.また,家畜衛生試験場(現在の動物衛生研究所)の女性獣医師の一人である元井葭子先生には,共同研究を組んでいただいたり,公私にわたって大変お世話になった.元井先生との交友がなかったら,あれほど生化学の仕事に打ち込めなかったかもしれない. これまでに病性鑑定所時代を含めて家畜衛生研究所(家衛研)勤務が3回通算18年,家畜保健衛生所(家保)が3回通算12年,この他畜産試験場に4年勤務した.最初と2回目の家衛研時代は,放牧牛の血液や第一胃液の生化学的所見,肉用牛のビタミンA欠乏症,搾乳牛のケトーシスや過肥牛症候群等についてデータを集積し,毎年業績発表や学会発表を行ってきた.昭和58年から日本獣医畜産大学内科学教室に籍を置き,本好茂一教授の指導の下で,これらフィールドでの仕事を学位論文にまとめることができた. 1989年,2度目の家保に移動後は,削蹄師からの協力依頼もあって,乳牛の蹄病に関する調査研究に積極的に取り組んだ.家衛研時代は生化学の範疇からはみ出すことがなかった私にとって,蹄病の仕事を極めるためにはこれまでとまったく異なる世界の人々と交流を深める必要があった.特に,日本装蹄師会の幡谷正明・青木 修両先生には多大なご協力をいただいた.また,本邦で最初に趾皮膚炎を発見したり,重度な蹄病を完治させて農家から感謝されるなど,蹄病は達成感や充実感も大きな仕事であり,気がついたら日本装蹄師会から蹄病に関する講演を依頼されるほどにのめり込んでいた. さらに,ここでは紙面の都合上詳しく延べることはできないが,家保時代は私の考えに賛同してくれた多くの養豚農家や酪農家の方々と深い交流を持つことができた.また,一時期彼らから経営の一端を支えるような仕事をしてもらったと感謝されたこともあった.男性社会に1人しかいない女性獣医師はどうしても目立つし,難しい顔をした男性よりも声がかけ易かったのかもしれない.実際,私にも農家に対して男性職員が実施しているよりも充実したサービスを行いたいという気持ちが強く,休日を返上して対応したことも何度もあった. 2001年からの4年間は,畜産試験場大家畜部酪農肉牛課長に従事した.この仕事は自ら希望して叶った職であったが,最初,現場職員は女性の課長で大家畜の仕事が務まるのかと心配したらしい.しかし,直ぐに理解が得られた.この4年間は,それまで学んできた酪農や肉牛飼養技術を実際に牛を使って実践でき,毎日が充実していた.より適切な管理を行えば,牛は直ぐに反応して繁殖成績向上や乳量増加につながることを実証できた.そして,繋養していた牛達はペットのように懐いていたし,研究員や現場職員も頑張ってくれた. 3度目に家衛研の次長に配属されてからしばらくは,事務仕事が中心で楽しいと言える日々ではなかった.本県におけるBSEの発生以後は,疑似患畜の処分を含めて,BSEサーベイランスに関する仕事が急増し,職員の病性鑑定業務との調整を図るため,時々は現場作業に従事することもあって,仕事にメリハリができた. 今思えば,これまでの34年間は本当にあっという間だった.私は群馬県において試験的に採用された女性獣医師第1号で,その後,10年以上女性の採用はなかったが,1985年頃から増え始めて現在県内に16名いる.当所では13名の獣医師のうち,7名が女性で男女共同参画社会の典型といえる.私以外は経験年数5年以内の若い女性であるが,どんな仕事に従事させてもギブアップしないで頑張っている.彼女達を見ていると,この世界で頑張ってきて良かったと思うし,頼もしく思える. 退職まで残り3年間,女性にも安心して管理職を任せられると言われるよう,精一杯努力したい. |
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† 連絡責任者: | 木村容子(群馬県家畜衛生研究所) 〒371-0103 勢多郡富士見村小暮2425-3 TEL 027-288-2106 FAX 027-288-2161 |
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