解説・報告

低カルシウム血症の原因と対策
(現場からの情報・乳牛の栄養と疾病)

平井洋次(群馬県獣医師会会員)

 近年,乳牛の泌乳能の向上に関わるが,故か,低カルシウム血症の発症頻度が増し,乳牛の移行期といわれる産前20日から産後30日までの間の飼養管理が重要となってきている.
 低カルシウム血症の発症原因としては,血中カルシウム値の低下にあり,発症の時期が泌乳開始時の産直後に集中することは明らかであるが,血中カルシウム値の低下の原因について現場での体験事例等より探究,さらには治療効果を上げるための方策や発症防止策等についての考えを述べる.

 〔発 症 原 因〕
 低カルシウム血症発症の原因と思われる点を,次に記す.(図1)
1. 分娩2週間前の摂取飼料中に陽イオンを代表されるK,Na,Caの過給,特にK,Naの多量摂取が血液のアルカリ化となり上皮小体の機能低下になる.(表1表4B例
 上皮小体ホルモン(PHT)の活性低下は[1]骨からのCaの血中への動員,[2]腸からのCaの吸収,[3]腎尿細管からのCaの再吸収,[4]活性型ビタミンDの産生等々の機能低下となり血中Ca低下の原因になる.
 Kの過給は牧乾草の多給とK含量の多い牧乾草の利用にあり,Naに関しては塩分の過給や重槽のTMR混入などによる場合が多い,
2. 摂取飼料中のビタミンDの不足或は蓄積不足による[1]PHTの活性低下,[2]腸からのCa吸収低下等により血中Caの低下の原因になる.年間舎飼いの牧場では紫外線の照射が少ないことも関係する.
3. 分娩刺激による催乳ホルモンの分泌による乳汁の急激な生産は,Caを高濃度に含有された初乳への多量流出となり,これに対する腸からの吸収,骨からの動員,腎からの再吸収等々の対応が大きく失したとき.
4. 摂取飼料中のKの過給はミネラル間の拮抗的な働きによりCa,Mgの吸収阻害となる.Caの吸収阻害は血中Caの低下に関わり,Mgの吸収阻害は低Mg血症と関わる.低Mg血症によるPHTの活性低下はCaの吸収,動員,再吸収等の低下となる.
5. 乾乳期間中の給与飼料中のCa不足は骨よりの動員能に関わる易溶性骨成分の蓄積不足となり低カルシウム血症の原因になる.(表4)
6. 分娩直前からの食欲の減退はCaの摂取量の抑制と消化管からのCa吸収の減少となる.
7. 分娩直後の給与飼料中のCaの不足
 分娩直後の乾乳期の給与飼料から泌乳用の飼料への切り換え期間中(約10日間)はCaが不足することが多い.
8. 高齢による原因.乳牛の高齢化により,[1]骨からの動員に関わる易溶性骨成分の蓄積減や[2]腸管運動の機能低下による吸収減による原因.
9. 2産以上の高能力牛の初回よりの完全搾乳による.
 発症原因について個条的に拾ってみたが,これらの原因が重複しての発症が多い.たとえば乾乳前期のCa不足がベースにあり,産後の食欲不振,給与飼料中のK含量の多いことなどが重なった場合などである.

 〔防 止 策〕
 低カルシウム血症は経産牛の産前産後の飼養管理,特に飼料給与の失宣が起因することから実際の飼料給与について原因と対策を探ってみた.
1. 上皮小体ホルモンの活性化
 低カルシウム血症の原因として最も重用視すべきことである.母牛の分娩時に上皮小体の機能を活性化させることによるPHTの活性化は,泌乳の開始に伴う血中Caの低下に対応するからである.
 分娩時のPHTの活性化には分娩2週間前からの飼料給与が関わることからクローズアップ期の給与飼料の内容が重要である.
 PHTの分泌活性化は血液性状の酸性化にあるためクローズアップ期の給与飼料を酸性化することにあるが,実際には添加物の投与が必要となる.しかし添加物による酸性飼料化は産直前の大事な時期の嗜好性や毒性等の問題を残す.
 事例としては給与している牧乾草等K含量が多く低カルシウム血症の発症が多い時は,嗜好性とCa量,肝機能等々に十分配慮しながらの添加物の利用がよい.
 一方添加物を用いない産前の給与方法としては,給与飼料中の陽イオンの低減により対応する.NRCのクローズアップ期の示す要求量は,K:0.52%DM,Na:0.10%DM,Cl:0.15%DM,S:0.20%DMとあるが,実際の給与事例では,乾乳期間繊維質飼料のみの給与(表1)では,K量は1.8%DM以上の事例が多く(NRC要求量:0.52%DM),濃厚飼料2.5kg/日+繊維質飼料の給与事例(表2)においても平均1.34%DMと多いことがわかる.
 DCAD値にてもNRCの要求量からでは9.52mEq/kg(表3)に対して繊維質飼料のみの給与事例平均271mEq/kg,濃厚飼料2.5kg/日+繊維質飼料の事例で142mEq/kgと多い.
 しかしクローズアップ期の給与は慣らし飼いを実行している牧場が多く,濃厚飼料の給与量が加給されることにより当然K値やDCAD値を下げることができる.
 ここでクローズアップ期の飼料給与についてNRCの指標をみるにNFC:42%DM以下,NDF:33%DM以上,ADF:21%DM以上とある.
 国内では乾乳用のTMRを給与している牧場は少なく濃厚飼料の給与は通常,朝と晩の2回なので実際の給与においてはルーメン発酵の集中化,一過性のHPの低下が懸念されるので濃厚飼料の給与量が制限される.NFC:38%DM以下,NDF:40%DM以上,デン粉:21%DM以下,濃厚飼料:6kg/日以内が経験上無難である.もちろん,乾乳用TMR飼料の不断給餌を実践されてる牧場では,この指標を上回るNFC,濃厚飼料量の給与も可能である.
 表2の濃厚飼料5kg/日の給与事例では,K値は0.85%DM〜1.08%DM,DCAD:28〜129mEq/
kgと繊維質飼料のみの給与例と比較して著しく改善される.
 濃厚飼料給与2.5kg/日(乾乳前期)から5kg/日(乾乳後期)への給与においてもK値の平均では1.34%DMから0.97%DMに,DCAD値の平均では142mEq/kgから72mEq/kgとなる(表2).
 表3はクローズアップ期のNRCのガイドラインと表1の乾乳前期,乾乳後期(クローズアップ期)の成分値を示した.
 これらの事項より朝晩2回の分離給与による酸剤等の無添加のガイドライン案を示した.
 これまでの事項でクローズアップ期のガイドラインとしてKを0.52%に近づける工夫としてK含量の多い繊維質飼料を減給,K含量の少ない濃厚飼料の増給による方法を述べて来たが(表5のK値,DCAD値および表2参照)牧場主の意向として分娩前の牛に1日5〜6kgの濃厚飼料の給与に疑問をもたれることからこれらの事について附記する.
 クローズアップ期の給与,特に濃厚飼料の加給について必要な理由
〔A〕 必要性・利点
[1] 低カルシウム血症防止策としてK値減給の方法としては,Kは牧草に多く濃厚飼料に少ないことから許容範囲内における(NFC:42%DM以下,NDF:33%DM以上)牧乾草の減給,濃厚飼料の増給が必要.
[2] 産後の必要栄養量の増大に備えてのルーメン内壁の拡大に貢献する.
 ルーメン内壁の拡大には半絨毛の伸長が必要であり,半絨毛の形成充実には酪酸の産生やルーメン内発酵の集中化が関与することより濃厚飼料の増給が必要となる.同時に繊維質飼料やビタミンAも必要である.
[3] 産後の必要栄養量の充足に貢献する.
 産後1カ月間のNEFA値の上昇にみるごとく産後1カ月間の栄養不足が牛の健康管理上問題化している.産後の栄養不足は,産後の回復遅延,抗病力の低下,泌乳能の未発揮,発情回帰の遅延等々その影響は大きいことから,この期間の十分な栄養補給は重要である.
 それには泌乳開始時の濃厚飼料の摂取量が重要となる.分娩時には濃厚飼料2kg/日+繊維質飼料の給与では乳汁生産量としては0〜5kgの範囲であるが,5kg/日+繊維質飼料の摂取であれば日量13〜15kgの乳汁の産生が可能となり,さらに産後の増し飼いなどにより必要栄養量の不足を最少限とすることができる.
〔B〕 実施方法と注意点
  実施に当って牧場主が最も躊躇する点は,分娩前の濃厚飼料の多給にある.1日5〜6kgも与えることにより産前乳房炎や血乳発症の危険がある.
 このことについては給与飼料の内容を吟味することにより解決される.給与飼料の中で乳腺を刺激する飼料は大豆粕,加熱大豆などの大豆類やαα,クローバーなどの豆科の飼料である.経験的には大豆類として1日0.4kg以内であれば産前の乳房の異常硬結・腫張も心配ない.つまりααやクローバーなどの豆科の繊維質飼料を0〜2kg/日の最少量としイネ科のチモシー,オーツなどを主体給与とする.濃厚飼料は大豆類を0.4kg/日以内としコーンF,大麦F,フスマ,コーングルテンフィードなどの単味飼料を主体とし1日5〜6kg給与とすることにより対応する.浮腫,水腫はビタミンA欠乏,肝機能低下等々に起因するので注意されたい.
 実験的にはCP:16%の乳配3kg/日給与事例より単味主体の濃厚飼料5kg/日の給与例の方が乳房の張り込みは弱かった.したがって泌乳用配合のみの5〜6kg/日の給与は血乳等の問題発生が心配されるので避けるべきである.
 さらに畜主が懸念される点は,粗濃比の低下による第四胃変位発症である.この時の原因としては妊娠末期の肝機能の低下による筋力の低下などがベースにある場合もあるが,濃厚飼料の多給による第四胃変位の主原因は,ルーメン発酵の早期集中化と内容積の減少によるので,濃厚飼料を一度に多量に摂取させないことである.経験からは一度に3kg以上の摂取は危険である.したがって1日2回の給与であれば1日6kgまでは第四胃変位の心配はベース的な合併症がないかぎり心配はないと判断される.
 6kg/日以上の給与を希望する場合は,TMRの不断給餌の実行により多回摂取(1日6回以上)となり,NFC:42%DM以下,NDF:33%DM以上の範囲であれば心配ないと考えられる.
2. ビタミンDの補給
 舎飼いが通年化している牧場では産前のビタミンDの補給が必要である.新物の天日乾草の多給や直射日光浴による紫外線の照射等があれば,ある程度の補給になると思われるが,同時にビタミンAEの投与も考えてAD3E剤としての投与は必要と思う.
 ビタミンDとして2,3万IU/日が要求量だが摂取ロスなどを考慮して乾乳前期:4万IU/日,乾乳後期:10万IU/日としている.(表3
 分娩5日前の1,000万IUの筋注もきわめて有効である.
3. 乾乳期のCaの適量給与
 表4に給与事例を示したごとく,乾乳期の給与として少量の濃厚飼料と牧乾草の飽食事例が多く,この給与パターンで分娩を迎える牛も多い,この場合の給与内容の問題点はCaの要求量に対して34〜70%の充足率という点である.また表1の繊維値のみの給与例においてもCa量として26.7g/日〜61.4g/日,平均48.4g/日と要求量61.7g/日の78.4%と2割以上の不足の状態での給与例となっている.
 このような分娩前2カ月間のCaの不足は,易容性骨成分の蓄積不足を生じ産直後の大量にCaを必要とする時のPHTの働きによる骨からのCa動員の低調が考えられる.
 乾乳期間中の飼料給与診断により必要量のCaが確実に給与される事の確認が必要である.
4. 産後10日間Caの特別給与
 分娩による泌乳用の飼料への切り換えは,産後の一定期間Caの不足を招きやすいので特別のCaの添加投与が必要である.給与事例により差異はあるが,産直後より3日間炭酸カルシウム300g/日,次の3日間200g/日,さらに3日間100g/日の給与を行うようにしている.産後経過も順調な2産以降の高能力牛が5日目位で低カルシウム血症になる防止策となる.
5. 分娩直後の搾乳調整
 分娩に備えての給与飼料として,K値1.0%DM以内,DCADはマイナス或はかぎりなく0に近づけた給与,もちろん,乾乳期間のCaやビタミンDの必要量給与等低カルシウム血症防止策が整っている場合は,初回からの完全搾乳でも低カルシウム血症に連動しない場合が多いが,一般的には低カルシウム血症が懸念される場合が多いので搾乳調整の必要がある.搾乳調整の際心配される乳房炎対策としては血中ビタミンA値の保持のためのビタミンAの投与やカロテン給与量,硝酸態窒素含量の多い飼料を与えない等々の対応を要する.
6. 母牛への牛舎環環境等への配慮
 産直前に何んらかの原因で食欲が低下する事によるCaの吸収減が低カルシウム血症発症に起因する事例が多い.
 季節的には夏期間,牧場では密飼えや産前後の個体管理が十分でない牧場に多発する.
 牛舎の衛生面,スペース面,牛間の争い,産直後よりの泌乳牛群への移動,妊娠末期の肝臓への生理的な負担増,分娩による腹腔内臓器の移動等々食欲を阻害する要因は多い.
 これらへの対応が求められる.
7. 分娩2週間前よりの酸性飼料による対応
 低カルシウム血症の原因がクローズアップ期の強いアルカリ性の飼料給与に起因したPHTの不活性化にあることから,クローズアップ期の飼料に硫酸マグネシウム,塩化アンモニウム,硫酸アンモニウム,塩化マグネシウム,塩化カルシウム,硫酸カルシウムなどのアニオン塩の添加剤を混合投与すること(或は強制的経口投与)によりDCADとして−20〜−50mEq/kgにする防止策である.

  DCAD=〔(N%×435)+(K%×256)〕
      −〔(Cl%×282)+(S%×624)〕

 実施に当っては上式によるが,嗜好性が悪いことから産前の大事な時期に必要栄養量やCa,Mg等の不足に陥いらないよう十分に注意する必要がある.又特にマイナスDCADはCaの尿中排出が多くなるので150g/日以上のCaの給与を要する.




† 連絡責任者: 平井洋次(平井動物病院)
〒375-0011 藤岡市岡之郷662-6
TEL 0274-42-0864 FAX 0274-42-1348