解説・報告

食肉衛生行政の現状と全国食肉衛生検査所協議会の役割

佐々木裕之(全国食肉衛生検査所協議会会長)

 1.は じ め に
 食肉に起因する衛生危害発生防止のために行われている食肉衛生検査は,「と畜場法」に基づく食用獣畜を対象とすると畜検査と「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」(以下「食鳥検査法」という.)に基づく食鳥を対象とする食鳥検査であり,この検査は,都道府県知事又は指定都市等の市長の事務(と畜検査の一部は厚生労働大臣の事務)とされている.
 検査事務には,自治体職員のうち,獣医師資格者であると畜検査員又は食鳥検査員が従事し,獣医学の知識技術を駆使して粉骨砕身日々検査業務に精励している.
 全国食肉衛生検査所協議会(以下「協議会」という.)は,食肉衛生検査事務を所管する全国自治体の食肉衛生検査機関(以下「検査機関」という.)が構成員となり,各検査機関との連携のもとに食肉衛生の向上に資することを目的として,昭和41年に設立.現在,117機関が加入している.
 昨今の食肉の安全性に対する国民の不安や不信は,BSEの発生などにより,かつてなく高いものとなっており,このような国民の不安や不信を払拭するため,食品安全行政にリスク分析手法を導入した「食品安全基本法」が平成15年5月に新たに制定され,これに伴い,食品衛生法をはじめ,と畜場法,食鳥検査法など従来の関係個別法も改正された.
 2.食肉衛生行政の現状等
(1) 疾病にり患した獣畜及び食鳥に由来する食肉の排除対策の現状等
 食品衛生法により,食用不適とされる食肉等を食用とすることは,原則として禁止されており,この食肉衛生規制制度を担保するため,と畜検査又は食鳥検査が1頭ごと又は1羽ごとに実施され,検査の結果食用不適とされた食肉等については,と畜場法の場合には廃棄措置命令等の行政処分により,食鳥検査法の場合には食鳥処理業者による廃棄等の措置によって,と畜場又は食鳥処理場において強制排除されている.
 疾病排除を中心とする食肉検査制度は,従来検査機関における食肉衛生業務の根幹を成すものであったが,近年は,食肉を起因とする腸管出血性大腸菌O157,サルモネラ属菌,カンピロバクターなどの食中毒の多発が見られ,人の健康被害を防止する観点から,後述すると畜場及び食鳥処理場の獣畜及び食鳥のとさつ解体処理工程における微生物汚染防止のための衛生管理に係る指導監督業務の重要度が大きなウエイトを占めていた.
 一方,BSEや高病原性鳥インフルエンザ発生が大きな社会問題となり,これを契機として,と畜検査及び食鳥検査の重要性が再認識され,その検査体制の強化充実が求められている.
ア. BSE排除対策
 と畜場法に基づくBSE排除対策に関しては,平成8年4月にと畜場法施行規則(厚生省令)の一部が改正され,伝達性海綿状脳症(BSE及びスクレイピー)がと畜検査の対象疾病に加えられた.その後,欧州等におけるBSEの多発を踏まえ,平成13年4月に農林水産省から,同年5月には厚生労働省から伝達性海綿状脳症に係るサーベイランスについての通知があり,このサーベイランスにより,平成13年9月に千葉県内のと畜場に搬入された乳牛がわが国初のBSEり患牛であることが確認されたことは周知の事実である.
 このBSE発生により,牛肉の安全性に対する国民の不安,不信が一気に高まり,平成13年10月16日付食発第307号厚生労働省医薬局食品保健部長通知「牛海綿状脳症に関する検査の実施について」により同年10月18日から,と畜検査の中の解体後検査としてすべての牛について自治体によるBSEスクリーニング検査が実施されることとなった.
 スクリーニング検査の結果が陽性の場合,国が指定する研究機関等で確認検査を実施し,確定診断を行う検査体制が逸早く採られた.
 このように短期間にBSEに係ると畜検査体制が整備確立したことは,寝食を忘れて行われた国の担当部局の主体的な尽力と適切な助言をいただいた専門家の力添え,さらに,各自治体における食肉衛生行政を所管する担当部局,特に第一線の現場においてと畜検査業務を行う検査機関に従事する獣医師であると畜検査員の勤苦によるものである.
 なお,BSEに係ると畜検査制度については,平成15年8月29日から施行されたと畜場法,と畜場法施行令及びと畜場法施行規則の一部改正により,牛,めん羊及び山羊の伝達性海綿状脳症に係る解体後検査のうち,BSEに係る確認検査を実施する必要があるものを発見するために簡易な方法により行う検査(BSEスクリーニング検査)が都道府県知事等の事務とされ,それ以外の検査(BSEに係る検査にあっては確認検査に限る.)が厚生労働大臣の事務とされたことによって,その役割分担及び行政責任が明確に整理された.
 BSEに係ると畜検査によって,平成13年10月18日から現在(平成16年10月末日)までの間に,約376万頭の牛を検査し,11頭のBSE陽性牛が発見され,その流通排除が適切に行われたことにより,国民の牛肉に対する不安,不信が大幅に減じたことは,大きな行政効果であったと言える.
 顧みると,このBSE発生の1事例において,と畜検査を担当された若い獣医師の尊い命が失われるという大変痛ましい出来事があったということを私ども獣医師は決して忘れてはならない.
 次に,この牛全頭を対象としたBSEスクリーニング検査について,欧米諸国と同様に一定の月齢未満の牛については検査対象から除外することが論議されている.この点については内閣府食品安全委員会におけるリスク評価,リスクコミュニケーションを踏まえて,国が政策決定する事項であるので,その政策に基づき制定改廃される法令に従って私ども自治体の検査機関は事務を行うことになる.
 今後,一定の月齢未満の牛がBSEスクリーニング検査の対象外となる場合,検査機関としては,と畜検査の申請時における申請牛の月齢の確認が当然必須事項となることから,「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」(平成15年制定)によるトレーサビリティー制度の適切な運用が望まれる.
 ところで,BSEによる健康被害の防止対策としては,と畜検査によるBSEり患牛の排除のほかにもう一つの重要なものがある.それは,異常プリオンたん白質が蓄積する獣畜の特定危険部位の確実な除去の実施であり,平成13年10月にと畜場法施行規則が改正され,特定危険部位を牛の頭部(舌及び頬肉を除く.),せき髄,回腸(盲腸との接続部分から2メートルまでの部分に限る.)と法定し(当該部位については,平成16年2月のと畜場法施行規則の改正により,めん羊及び山羊に係るものについても追加されている.),と畜場設置者に対しては当該部位の焼却が義務付けられ,また,と畜業者に対しては,枝肉及び内臓の汚染を防止するよう処理することが義務付けられた.さらに,平成14年6月には,「牛海綿状脳症対策特別措置法」が新たに制定され,その対策が国法レベルでもと畜場設置者及びと畜業者に義務付けられた.(同法では,当該部位を「特定部位」と呼称し,その具体的部位については,厚生労働省令(と畜場法施行規則)に委任している.)
 また,わが国その他のBSE発生国の牛の背根神経節を含むせき柱については,そのリスクが特定部位のせき髄と同程度であるという内閣府食品安全委員会のリスク評価を受け,平成15年11月に「食品,添加物等の規格基準」(厚生労働省告示)が改正され,食品衛生法によりその食用が禁止された.
 なお,平成16年7月30日付けの厚生労働省監視安全課長通知により,BSE未発生国からも牛の特定部位及びせき柱の輸入を行わないよう自粛指導が求められている.
 いずれにしても,今後のBSE対策については,と畜場における特定危険部位の除去と交差汚染防止の措置が,より一層重要性を増すものと言わざるを得ないが,わが国における現状のとさつ解体処理工程では,せき髄の残存,せき髄組織による枝肉汚染の可能性,ピッシング(とさつ解体処理における脳・せき髄破壊行為)による中枢神経組織の汚染の可能性等も示唆され,この問題点に対する適確な対策が急務となっている.
 平成16年度厚生労働科学研究費補助金食品の安全性高度化推進研究事業「プリオン検出技術の高度化及び牛海綿状脳症の感染・発症機構に関する研究」班の分担研究者として,私は,全国の食肉衛生検査所の協力を得て「脳・脊髄組織による食肉等の汚染を防止するためのとさつ解体処理方法の開発」に係る研究を実施し,当該対策に役立つ研究成果を報告できるよう努めている.
イ. 検査対象疾病及び全部廃棄対象疾病の拡大に伴う対策
 と畜検査と食鳥検査の検査対象疾病については,かつては,と畜場法施行規則と食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律施行規則(以下「食鳥検査法施行規則」という.)にて各疾病が個別に列記されていたが平成15年5月のと畜場法と食鳥検査法の改正により,生産段階における規制法との関係の明確化等を図るため,家畜伝染病予防法に規定する家畜伝染病と届出伝染病を検査対象疾病とするよう改められ平成16年2月27日から施行されている.(家畜伝染病予防法に規定する伝染病以外の疾病又は異常のうち,検査対象疾病とするものは,と畜場法施行規則と食鳥検査法施行規則にて個別に規定されている.)
 この改正により,検査対象疾病は,ウイルス性疾病を中心に拡大されたため,これに対応したと畜検査及び食鳥検査の体制の整備強化,特に精密検査体制の強化が求められた.
 また,同施行日に,と畜場法施行規則と食鳥検査法施行規則の改正省令も施行され,とさつ禁止,解体禁止,内臓摘出禁止又はとたい全部廃棄措置(以下「全部廃棄」という.)の対象疾病が拡大し,従来は,とたいの一部の廃棄対象疾病であったものが,全部廃棄対象疾病とされたものもあり,より厳格なと畜検査及び食鳥検査の必要性が高まっている.
 このため,現在,協議会の微生物部会及び病理部会において協議検討が行われている.
 検査対象疾病及び全部廃棄対象疾病の拡大は,食品安全基本法の趣旨を踏まえ,食品衛生行政と家畜衛生行政との整合性を図るために行われたものであることから,両行政担当部局の緊密な連携による適切な行政対応が必要であり,この点に関しては,平成15年5月に改正されたと畜場法第22条と食鳥検査法第40条の3にて,厚生労働大臣と農林水産大臣の緊密な連絡協力が義務付けられている.自治体の検査機関としても,今後,家畜保健衛生所等とのより一層緊密な連携が必要であると認識している.
 なお,自治事務であると畜検査の実施方法についての国の技術的な助言又は勧告として示されている「と畜検査実施要領」(昭和47年5月27日付環乳第48号厚生省環境衛生局長通知)が,と畜場法等の改正を踏まえ,平成16年4月6日付けの厚生労働省食品安全部長通知により改正されている.
(2) とさつ解体処理工程における微生物汚染防止対策の現状等
 と畜場及び食鳥処理場における微生物汚染防止対策については,前述のとおり,食肉衛生行政において重要な業務であることは従来から指摘されていた.
 食鳥処理場における微生物汚染防止対策については,平成2年に制定された食鳥検査法に基づく政省令にて,構造設備基準及び衛生管理基準が定められ,また,平成4年3月には,「食鳥処理場におけるHACCP方式による衛生管理指針」が国から示され,これにより各検査機関が指導を行ってきた.
 一方,と畜場における微生物汚染防止対策については,全国統一的な行政指導の指針として平成6年6月に「と畜場の施設及び設備に関するガイドライン」が国から示され,新設又は改築されると畜場に対する指導が行われていた.その後,腸管出血性大腸菌O157,サルモネラ属菌等の食中毒の原因菌が一部の健康な獣畜の腸管内にも生息するとの報告を踏まえ,平成8年12月に,と畜場法施行規則が改正され,と畜場設置者に対すると畜場の施設の衛生保持の基準と,と畜業者の講ずべき衛生措置の基準が定められた.この基準は,平成9年11月に改正されたと畜場法施行令の構造設備基準の経過措置との整合性から段階的に適用され,平成14年4月から完全適用となっている.
 この適用までの間に,各検査機関においては,と畜場の構造設備改善指導に多大な労苦を費やしたであろうことは想像に難くない.
 衛生措置の基準は,当初実施省令として定められていたが,平成15年5月のと畜場法の改正により,委任省令であることが明確化され,法技術的にも整理された.さらに,同改正により,一定の資格を要件とする衛生管理責任者と作業衛生責任者のと畜場への配置も義務付けられ,と畜場における衛生管理対策の法制度がおおむね整備されたことになる.
 と畜場及び食鳥処理場における微生物汚染防止のための衛生管理に係る検査機関の指導監督方法としては,現場における指導の他,枝肉等の微生物検査を継続的に実施し,衛生管理の適否の検証を行い,科学的な裏付けに基づいた指導に資することが重要であると考える.
(3) 食肉中の動物用医薬品等残留防止対策の現状等
 抗菌性物質を中心とする動物用医薬品が残留する食肉等の流通防止対策については,食品衛生法により法的規制が行われており,その防止対策を効率的かつ効果的に実施するため,と畜場及び食鳥処理場において,同法に基づき収去検査等を各検査機関が実施しているのが現状である.
 平成15年5月の食品衛生法の改正により,農薬,動物用医薬品等の食品中の残留防止対策については,いわゆるポジティブリスト制が遅くとも平成18年5月までに導入され,これに伴い,その導入までの間に,動物用医薬品の畜水産食品中への残留基準値が一部の例外を除き原則すべての物質を対象に暫定的に設定されることとなった.
 検査機関としても,試験検査体制の充実強化やと畜検査等の申請時における動物用医薬品の使用歴確認の徹底などの対策を強化して行かなければならない.
 3.全国食肉衛生検査所協議会の役割
 と畜場法及び食鳥検査法に基づく都道府県知事等の事務は,平成12年4月から施行されている「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」により,それ以前の機関委任事務から自治事務(立入検査等の事務のみ法定受託事務)に移行し,当該事務に係る法令解釈,行政執行等については,原則として各自治体の判断責任において行われているが,食肉衛生検査の対象となる獣畜,食鳥の生体のと畜場及び食鳥処理場への搬入や検査を経た食肉等の消費が全国的な広域流通の下で行われていることを考慮すれば,この事務の運用には各自治体間に不合理な温度差が生じないことが望まれる.
 そのため,各検査機関における緊密な情報交換や前述のような行政上の問題事項に対する共通認識を高めることが従来より増して重要となっており,協議会の役割は,正にこの点にあるものと言える.
 食肉の衛生確保は,公衆衛生行政に携わる獣医師に与えられた責務であり,この行政の円滑な推進の一助に協議会としても貢献できるよう一層の組織の活性化に努めて行くことをお誓いしたい.



† 連絡責任者: 佐々木裕之(埼玉県中央食肉衛生検査センター)
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