馬耳東風

 

 八ヶ岳南麓天文台長串田嘉男氏は,2003年9月に「9月16〜17日±2日にマグニチュード7.2±0.5の地震が東京・神奈川を震源地に来る可能性がある」と予測した(週刊朝日9月19日号).結果は予測より1日遅れの9月20日千葉南部を震源地とするマグニチュード6.0の地震が発生している.これは凄い.地震予測の説はいろいろあるが,予測を公表して,これほど近い場所で,近似の規模の地震が起こったことはあまり聞いたことがない.串田氏は地震の前兆をFM電波の異常伝播により観測できるのだという.早速有馬朗人氏(元文部大臣,元東京大学学長,元理科学研究所理事長)の呼びかけで,地震予測に関する検討会が開かれたという.ただその検討会に動物学者が呼ばれたかどうかつまびらかでない.
 阪神大震災の後,動物による地震余知に関するシンポジウムがいくつか開かれた.興味があったのでのぞいてみた.わが国の研究者だけでなく,中国からも専門家が招かれていた.演者は皆さん自信を持って自説を披露されていた.阪神大地震の場合,地震発生地域のカラスが3日ほど前から大挙して六甲山の方へ移動を始めていたとか,動物園のアシカが地震発生前に異常な鳴き声を発していたとか,また被災地域の犬が地震の前夜から吠え方がおかしかったとかいうものである.中国の専門家は,中国における過去の大きな地震を地図と規模で示し,地震発生以前にみられたその周辺地域での動物の異常行動の話をされた.最も典型的な例は冬眠中の蛇や蛙が地上に出て来たというものであるが,その他動物の異常行動とその後に起きた大地震を例示されると,間違いなく地震は動物の行動により予知できるものだという観念を植え付けられた.昔から有名なナマズ説もまんざらではないなとさえ思った.冬眠中の動物は一般に人目に付かないところで冬眠しているし,犬の場合,怪しい人物や動物を見かけても異常な吠え方をするであろうからこれはあまり実用的ではない.しかしカラスは都会に常住しているし,たいていの動物園や水族館はアシカを飼育している.これを地震予知に使わない手はないと思ったものである.つまり都会のカラスや動物園のアシカを観測していれば,地震の予知なんてそう難しい話ではないなと思った.それほど自信に満ちたお話を伺ったのである.
 しかし残念ながら,その後いくつかの地震が起きているが,これら専門家の方々がカラスやアシカの観測で地震を予知していたという話は聞いていない.恐らくまだデータの積み重ねを続けておられることと思うが,そろそろあのシンポジウムの時の自信と情熱を持って地震予知の公表を行って欲しいものだ.時にははずれてもしかたあるまい.地震とはそういうものだとたいていの人は思っている.しかしいくつかが当たればそれで十分ではないか.地震は後から事象を説明するより事前の予知が多くの人を救うことは間違いないのだから(平成15年秋執筆).

(子)