先日,インターネットを迷走していたら,読売国際漫画大賞なるサイト(http://www.yomiuri.co.jp/cartoon/)があり,「Natural Healing」(癒し)と名題した漫画を目にした.
全面に大きな薬棚が描かれていて,たくさんの薬が並んでおり,その前で獣医師が猫を治療している.題名が「癒し」となっているほのぼのとした画風の作品である.
これを獣医師の立場でみると,刺さった猫のトゲを抜いた後,後ろの薬棚にはたくさんの薬が並んでいるのに獣医師は薬を使わず傷を舐めて治療しているという,動物医療を小馬鹿にしているというか,オチョックッタ,風刺画である.
しかし,筆者は,このような風刺を受けても仕方がないような経験を持っている.それは,直腸の引き抜き術を施した犬の術後のことである.腸粘膜と皮膚との縫合部が自壊してしまった.自壊した傷に下痢便や粘液便が入ってしまい,なかなか良くならない.再縫合を試みたが,次の日には“元の木阿弥”である.
朝晩の処置時にボトルに入れた酸性水で洗浄し,イソジンや軟膏を塗布し,さらに抗生物質をかえなどと,いろいろと考え対応したが,傷がふさがる様相がない.
手が無くなったので,1日2回,シンクの中に動物を入れてシャワーで肛門周囲の洗浄をはじめた.びっくりしたことに,翌日から傷がどんどん小さくなり数日後には自壊していた傷がふさがった.
一番効果があったのは,薬の治療効果ではなく,洗って病巣をきれいにすること,つまり,十分な量の温水で細菌の隠れ場所になる便や粘液などの異物を洗浄除去することと,菌数を減らすことであった.
筆者は良く妄想にふける.惚けの前兆なのかも?
ここは体表の最前線.
生体側の軍団(防御機構)が整然と並んで最前線を形成している.相対するのは体表のスタフィロコッカス軍である.両軍は常に警戒態勢を維持している緊張状態の最前線である.
突然,最前線の防御態勢が崩れ,敵が侵攻を開始し始めた.
防御態勢の崩れた場所に集中攻撃である.前線から情報及び援軍要請の伝令(サイトカイン)が活発に活動し,各種の援軍部隊が前線に派遣され,大きな戦いになってきた.
ある戦場では,戦車軍団同士の戦いが始まった.
生体側は,射程距離5,000メートルを誇る大砲を装備した最新鋭戦車軍団である.対するスタフィロコッカス軍はやや旧式の射程距離3,000メートルの戦車であるが,数は多く数倍の軍団を誇る.
両軍,突撃開始!!
両軍の距離が5,000メートルで砲撃戦が始まり,戦闘は両者の間隔が3,000メートルになる前に決着が付きました.
どちらが勝ったか,云うまでもない.
しかし,場所がだだっ広い開けた場所ではなく,たとえば,破壊された大都会ではどうなるだろう.
壊れたビルやその残骸,細く曲がりくねった道など複雑な地形など隠れる場所はいくらでもある.戦力の劣った戦車部隊も物陰に隠れて待ち伏せするところがいくらでもある.最新鋭の戦車といえども3,000メートル離れた安全地帯からの集中砲火ではある程度の戦果は期待できたとしても,完全勝利を得ることは不可能である.町中の遭遇戦に突入しなければならない.待ち伏せできるような隠れ場所の多い場所での戦い,ゲリラ戦では,科学力,テクノロジーなどの戦力の差は戦果にあまり大きな影響を与えない.苦戦が予想される.
このようにビルの残骸や岩山など敵が隠れる場所がある戦いでは強力で有効な武器が十分にあっても平原での戦いほど楽ではない.ベトナムのようなジャングルではなおさらのこと.これは,ベトナム戦争で戦力的には質量ともに圧倒的優位であったアメリカ軍が,ゲリラ程度の武力のベトナム軍に結局は勝てなかった歴史を見ても明らかである.たとえ,隠れ家をなくそうと枯れ葉剤まで使って,長い時間かけても完全な勝利を得られず,結局は敗戦であったことからも歴史的に立証済みのことである.
われわれの戦場に話を戻そう.
生体のあらゆる防御システム,伝令役のサイトカインにしても増援部隊を送るにしても,抗生物質を使うとしても血管やリンパ管などの輸送ルートが確保できていなければ有効に機能しない.生体内では壊死組織や異物がビルの残骸や岩山やジャングルなどに当たると言えるだろう.
戦いを有利にするためには,細菌の隠れ家になる異物や壊死組織などをなくすことが必要である.
血行の豊富な軟部組織であれば肉芽組織が壊死組織を取り込み膿瘍として排除または排除し易くしてくれるので,楽勝である.しかし,骨など壊れにくい組織が壊死し,感染した場合,戦いは苦戦を予想しなければならないであろう.
表皮の皮膚炎などでは,真皮,表皮には血行も少なく最前線に十分な援軍を送ることは困難である,細菌は血行の行き届いていない表皮のさらに外側の角化又は壊死した細胞に巣くっている.
先ほどの症例の様な肛門周囲である.結腸,直腸を手術しているので,多少のいきみとともに粘液便が肛門からでてくる.自壊した傷にたっぷり細菌の入った下利便が付着してしまう.
このような状態では,攻撃ができない安全地帯を基地として,攻撃して来る敵と戦うようなものである.有効な戦力さえあれば,撃退することはそう難しいことではないとしても,持久戦となり,完全勝利は難しいであろう.
隠れ家や基地をなくすこと,十分な洗浄はその有効手段の一つである.
絵に話を戻す.猫の足の異物を取り除き,傷を洗浄している.(舐めているのは抵抗あるが,獣医師を小馬鹿にしているとも言えるが漫画だから)
感染症であると判断してしまうと直ぐに抗生物質,効かなければさらに新しい抗生物質と考えてしまいがちである.
この漫画は,薬を投与することで治療した気でいる筆者に「薬を使う前に,治り難い又は,悪くする要素・要因は何か?などじっくり観察して,取り除くことが可能なものをたくさん見つけて,取り除け.」と,戒めているように見えてならないのである. |