諸外国の感染症の対策の困難さを見聞きするにつけ,四季彩りを換える豊かな国,わが日本列島に生を受けたこと,この国が,今後も平和で争いのない国であり続けて欲しいものだと常々思う昨今である.私ごとだが,今年も早々の2月16日に「確定申告」終え,趣味の絵画展「原田泰治の世界」を是非とも鑑賞しようと考えていたところ,茶の間のテレビが「高病原性鳥インフルエンザ」の発生を報道し始めた.浅田社長が「剖検の結果,腸炎が疑えた.」と記者会見をしており,苦渋の社長は獣医師のような対応であった.それにしても,山口県のウイルスが京都府の「浅田農産」へだけどうして,入り込んだのか.可哀想に,浅田先生は運が悪かった.とそう想い同情していた.
私も獣医師駆け出し時代に経験した,「鳥のニューカッスル病」,この時は鳥だけの伝染病であって,多くの食鳥農家は危険回避のため処理場への直行,「夜討ち朝駆け」と言おうか,半製品の食鳥にまで及んだ記憶がある.多分,社長はこの轍を踏んでいる.で兵庫県八千代町の処理場出荷は危険回避しようとしたものだと最初,そう思っていた.
この頃になると,兵庫県行政担当の獣医師会員がテレビ画面に登場し始めた.いつもの活気に満ちている同僚獣医師の顔ではなかった.ご苦労がありありと映しだされていた.
2月26日の県獣理事会では行政選出理事から,この防疫と県民不安の解消への取り組みが報告された.今日まで,私ども獣医師は,人に比べて,より体力で,生活環境で劣る「生き物」対象の獣医療を通して,いわば,彼らをして,人社会のリトマス試験紙よろしく,薬害・公害等を告発し,人の安心安全のための監視を重ねていたのではなかったのか等考えて見たものの,私とてまったく人ごとの体であった.
世人は,獣医師の私を知ってか知らずしてか「玉子は・鶏肉は食べて大丈夫か.」「十日前に採卵鶏が死んだのだが,大丈夫か.」「丹波町で埋められる鶏がまだ袋の中では,生きて動いていた.なぜ,生き埋めにするのか.」等相談や非難の電話が増加してきた.
鳥取大の先輩,大槻公一教授の請け売りよろしく対応したが,埋められる前に山と積まれた袋の中の鶏の動きにまで想いをいたす優しい兵庫県民の指摘には,心が痛んだ.
3月6日(土)から7日(日)にかけて,私不在の自宅に,兵庫県獣会長から.「インフルエンザ防疫作業に支援できる会員を選び出せ.」との指示が届けられていた.
早速,獣医師会総合部会員(獣医療を行わない獣医師)を中心に電話の出動要請を行った.作業内容,要領,出動場所,何時等すべて後回しで,「テレビ報道でご案内の防疫なのですが……」とイエス・ノウを求めた.突然の電話に,不在の会員はあったものの,「判りました.後刻ご指示をいただけますね.」との二つ返事で,すべての同僚獣医師たちの理解がいただけた.「貴男は京都府綾部出身なのだから丹波町だ.」「まだ,足らん様であったら,私を入れておいてください.」等獣医師会事務局長へ即刻,電話を返したものだ.
3月11〜12日は家畜防疫員の登用に伴う申請書類作成に費やした.古いことで,獣医師免許だけは,どうしまい込んだのか,いまだ行方知らずなのだが…….
3月15日(月),16日(火),20日(土),21日(日),23日(火),24日(水),「移動制限の指示書発行,鶏肉と食鳥の確認検査」と「採血による抗体調査」が私に課せられた.
兵庫県和田山家畜保健衛生所に集合,淡路,姫路の各家畜保健衛生所からも多くの現役獣医師職員が動員され,支援獣医師隊も来ていた.移動車中で,作業内容,実施方針,地域区分,班編制等説明を受けながらの移動になった.
現地に着けば,すでに各市町では,訪問農家名簿,案内者,車が用意されていた.市町においても,平常の市町業務を回しながらの緊急対応であるらしく,多くは課長,係長等管理職の方々が動員され,丁寧なご案内,お付き添いをいただき,作業もスムーズで効率よく展開できた.
3月30日(火),31日(水),4月5日(月),6日(火),ランダムな農家から「採血とクロ垢採取」がその作業であった.これで,ウイルス抗体の伝播状況に前回との差異が認められなければ制限解除の見込みを探りたいとの検査であった.以下は,その移動車中話,獣医師職員との作業時の会話などから,この緊急事態の防災対応に携わった獣医師たちの姿をかいまみることになった私自身の顛末書でもある.
私の「高病原性鳥インフルエンザ」対応は3月6日(土),7日(日),会長の「支援獣医師を選抜すること.」に始まるのだが,防災防疫現場では,2月20日の「浅田農産」のトリの大量死情報から始まっていた.
京都府丹波町に近い30キロ内にある各養鶏場への防疫指導,拡散防止への監視施設の設置,職員の配置,日々刻々と明らかになる「浅田農産」の虚構,その都度,防疫体制の吟味点検と関係職員との意志疎通,実施検査データー点検,近県情報の収集に加えて,知事・国会等の発表が即茶の間に届いている.この情報の現場での咀嚼とその対応,その情報の真偽確認等その状況は刻々動いて留まることがなかった.
多くの関係獣医師職員は2月20日以来,勤務先への籠城が続いていた.食べ物はコンビニ物で済ましている.疲労しているが,どの様な緊急指令が飛び込んで来るか不安で寝付かれない.だからと言って,寝酒など不安で咽を越さない.ときに自分の家に帰れても,何時.呼び出しが掛かるかと思うと籠城の方がより安心,自宅へは下着の交換のみの帰宅になるとも言っていた.
また,ある獣医師職員は4月1日の移動内示を受けていた.今日は30日である.明日の31日も私どもと防疫に携わる予定である.子供の転校手続き,家移り準備もあるであろう.なんとか一日,家族と移動準備にあたる日を取らせてやりたいとさえ思った.
30日の夕方,家畜保健衛生所へ向かう車中に奥様らしき電話が掛かっていた.おおかた奥様が多忙で,あてにできない獣医師職員に,用意を終えられたというような連絡であった.
私は,31日も,正確で丁寧な彼の対応に地域住民の期待と安堵をみてとることができた.
さて,「高病原性鳥インフルエンザ」病名の示すように,鳥にはきわめて高い病原性を示すインフルエンザウイルスだが,今のところ,人にはそれほどの高い病原性はない.この程度の感染症でこの騒ぎである.
今後わが国で,新薬開発や,医学,獣医学の進歩を勘定に入れても,それほどの専門家でなくとも,人と動物それぞれに高い病原性を持つ,新型感染症(SARS・エボラ・エイズ・ウエストナイル熱等)の大発生が相当高い確率で予測できると考える.
この度のインフルエンザはそれこそ,神様の「人社会への事前の警鐘」と受け止めて,防災防疫に努めたいものだとつくづく思う.
さて,「この種の非常災害は常に起こり得る」この災害への「獣医師,獣医師会への対応や如何に……」と尋ねられたとしよう.常々準備して怠りないことは「獣医師等専門技術者への詳細で十分な事前情報の提供」と「獣医師会に専門の支援組織づくり」ではなかろうかと考える.
例えば,今,「仮称=高病原性新型感染症」がわが国に持ち込まれ,感染を恐れた人たちが各地でペットを捨て始める.この防災対処のありようと防疫,行政は無論のことその道の専門技術者集団=獣医師会として,この際,本気で組織化を図りたい. |