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牧江弘孝†(農林水産省動物医薬品検査所長) |
![]() 動物用医薬品は,動物の疾病の診断,治療又は予防のために使用され,畜水産物の生産性や安全性の向上,犬,猫等コンパニオンアニマルの健康保持,人獣共通感染症の防疫等の効果をもたらし,獣医療における不可欠な資材である. この動物用医薬品が有効かつ安全にその使用目的を達成するとともに保健衛生の向上を図るために,人用医薬品と同様,薬事法に基づく規制が行われている. ところで,平成14年7月に医薬品等の市販後安全対策の充実と承認許可制度の見直し等のために,また,翌年6月に食品の安全性確保のためにそれぞれ薬事法の一部改正が行われた.一方,平成15年5月に残留規制の強化等のために食品衛生法の一部が改正された. また,平成15年7月に農林水産省にリスク管理を担当する部門として設置された消費・安全局は,消費者の視点に立った安全・安心な食料の安定供給を目指した施策を進めている.この中で農畜産物の生産分野における危機管理体制が整備されつつあり,動物医薬品検査所は,同局衛生管理課薬事・飼料安全室と連携して各種業務を実施している. そこで,動物医薬品検査所の業務を紹介するとともに,上記の法律改正及び家畜衛生分野における危機管理体制の整備に関して,当所が取り組んでいる諸課題の現状と推進の方向について述べてみたい. |
2.動物医薬品検査所の業務 農林水産省動物医薬品検査所は,その名称のとおり動物用医薬品の品質検査を実施しているが,それ以外にも医薬品の開発から製造・輸入,流通そして使用までの各段階において品質,有効性及び安全性を確保するための業務を行っている. 具体的には,薬事法に基づくワクチン等生物学的製剤の国家検定や抗生物質製剤及び一般医薬品の品質検査業務を行い,定められた基準や規格を満たさない場合には,製品の販売禁止,回収,廃棄等の措置を講じている. また,医薬品製造(輸入)承認申請に対する技術的審査業務,申請書添付資料の信頼性基準(安全性に関する非臨床試験の実施基準(GLP),臨床試験の実施基準(GCP)等)への適合性調査業務,既承認製剤の有効性及び安全性を再評価するための情報の収集・整理業務,副作用情報の収集・提供業務等を行っている. さらに,検査法の開発・改良,医薬品の安全性等に関する調査研究業務,都道府県の薬事監視員,医薬品の製造担当者,国内外の研修生に対する技術研修業務,国際化対応業務(動物用医薬品の承認審査資料の調和に関する国際協力会議(VICH)への参加)等を行っている. これらの業務は,生物学的製剤の検査を担当する検査第一部(7検査室),抗生物質製剤及び一般医薬品の検査を担当する検査第二部(4検査室)及び技術的審査,情報収集等を担当する企画連絡室(2課)において行われている.平成16年4月現在,当所には獣医師42名,薬剤師5名を含む84名の職員が配置されている. |
3.改正薬事法等に基づく安全性確保業務の推進 (1)医薬品副作用情報の収集・提供対策 平成14年7月の薬事法の一部改正により平成15年7月30日から,獣医師,飼育動物診療施設の開設者等は,医薬品又は医療用具の使用に伴って,死亡,添付文書から予測できない障害等が発生した場合,農林水産大臣に報告することが義務付けられた.そのため,日本獣医師会が中心となってインターネットによる動物用医薬品副作用報告システムが構築され,平成16年4月から運用を開始した.動物医薬品検査所は,このシステムにおいて獣医師等から報告された副作用情報を整理し,ホームページ(http://www.nval.go.jp)で公開することになっている. 当所のホームページには,すでにモニター獣医師や医薬品製造(輸入)業者からの副作用報告をとりまとめて掲載している.これに今回の新たな副作用報告システムが加わることによって副作用の実態把握が充実し,使用上の注意の改正等の迅速な改善措置が行われることが期待されている. (2)残留対策 食品の安全性を確保するために食品衛生法に基づく規格基準等において,食肉,魚介類等の食品は,抗生物質等について残留基準値(MRL)が設定されているものはMRLを超えてはならず,それ以外のものは含有してはならないとされている.この規制を受けて,動物用医薬品については,農林水産大臣が,薬事法に基づいて使用者が遵守しなければならない使用基準を動物用医薬品の使用の規制に関する省令として定めている. 平成15年5月に食品衛生法の一部が改正され,原則としてすべての農薬,動物用医薬品及び飼料添加物について食品中のMRLが設定されることになり,このMRLを超えて残留する食品の製造,販売が禁止される制度(いわゆるポジティブリスト制度)が平成18年5月までに導入されることになっている.現在,厚生労働省では,動物用医薬品について国際的な規格・基準等を参考に暫定MRLを設定する作業を進めている.農林水産省では,この暫定MRLとの整合性を図るため,既存のデータを整理し,使用基準の見直しに必要な検討を行っている.その一環として,動物医薬品検査所において,データが不足するものについて対象動物への投与を行い,所定の休薬期間経過後の残留性確認試験を実施している.動物用医薬品の使用基準の拡充に向けて,関係機関をあげた作業の遂行が急務となっている. ところで,動物用医薬品の残留防止のための措置として,次の事項があげられる. [1]動物用医薬品の有効性及び安全性(残留性を含む)を審査したうえでの承認 [2]品質が確保された医薬品の製造及び流通 [3]獣医師の診察,指示書の発行(指示書の発行に当たって獣医師自らの診察の義務) [4]動物医薬品販売業者における獣医師の指示に基づく要指示医薬品の販売 [5]使用者における使用対象動物,用法及び用量,使用禁止期間等の使用基準の遵守及び使用記録の帳簿への記載 これらについて,各関係者がそれぞれの責任を果たしていく必要がある.特に獣医師に課せられた[3]の業務は,指示書に基づいて使用者が投薬することから見て,重大な責任を担っている. (3)新たな承認・許可制度への対応 平成14年7月の薬事法の一部改正により,平成17年4月から新たに医薬品等の製造販売業許可制度が創設される.これは,現在の製造業の業態(自社工場での製造及び卸売販売業者等への販売行為により構成)から製造販売行為(元売業者として製品を出荷又は上市する行為)を分離し,製造所の保有を前提としない新たな業体系を構築するものである. また,これに合わせて承認制度についても,製造行為そのものの承認(製造承認)から,製造販売行為を承認する制度(製造販売承認)に変更される.この製造販売承認において,製造及び品質管理基準(GMP)の対象医薬品については,GMP適合性調査を実施することになり,新医薬品等の承認時における調査は国が実施することになっている. さらに,動物用医薬品の原薬,賦形剤等の製造企業等の知的財産としての製造情報等を最終製品の製造業者,製造販売業者から保護するとともに,承認申請のための添付資料の簡略化を図るため,原薬等の製造企業等が農林水産大臣にその製造情報等の登録を申請し,原薬等登録原簿に登録できる仕組みが導入される. このような動物用医薬品の新たな承認・許可制度等の運用に伴い,従来から技術的な承認審査業務,各種承認基準への適合性調査等を実施している動物医薬品検査所が担う業務が増すものと考えている. |
4.動物用医薬品の危機管理対策の推進 (1)薬剤耐性菌対策 畜産現場で使用した抗菌剤により発現した耐性菌が食品を介して人に伝達し,人の細菌性感染症の治療を困難にするという潜在的な危険性について,世界保健機関(WHO)や国際獣疫事務局(OIE)を中心に世界的に議論されている.平成10年にWHOは,薬剤耐性菌に対するリスク分析の実施,抗菌剤の慎重使用の励行,薬剤耐性モニタリングの実施等を勧告した.これに対応するために動物医薬品検査所では,平成11年度から健康家畜(肥育牛,肥育豚,産卵鶏及び肉用鶏)の糞便から分離した食品媒介性病原細菌(サルモネラ及びカンピロバクター)と薬剤感受性の指標菌(大腸菌及び腸球菌)を調査対象とした薬剤耐性モニタリングを開始し,翌12年度から都道府県との連携による本格的なモニタリングシステム(JVARM : Japanese Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring System)を構築した.平成12年度以降の調査結果は,前述の当所ホームページに掲載しているのでご覧いただきたい. 農林水産省は平成15年12月に,抗菌性飼料添加物とともにこれらと同一又は同系統で薬剤耐性の交差が認められる成分を含有する動物用医薬品が,薬事法及び獣医師法の規定に従って家畜等に投与された場合,そこで選択される薬剤耐性菌が人の医療に及ぼす可能性について,内閣府食品安全委員会に食品健康影響評価を求めた.今後,食品安全委員会が実施する科学的知見に基づくリスク評価を踏まえ,動物用抗菌性物質製剤の承認等において必要な対応がなされることになる. JVARMの調査結果は,食品安全委員会におけるリスク評価も含め,動物用抗菌性物質製剤の有効性及び安全性の評価をしていくうえで非常に重要な情報である.したがって,これからも継続的な動向把握を行うとともに,耐性菌の遺伝子性状,薬剤使用状況等を踏まえた各種の解析を実施し,実践的な薬剤耐性菌対策を講じるための検討を進めていくこととしている.また,本業務を的確に遂行するために,公衆衛生や食品衛生の関係機関・部署との協力,連携を一層深め,情報交換やデータの共有化等を推進していくこととしている. ところで,抗菌性物質製剤の使用に際し,前述のWHOの勧告にあるように慎重使用を励行する必要があり,薬剤耐性菌の出現を最小限に押さえるためには,次の原則に従うことが重要である. [1]抗菌剤の選択は,添付文書等の有用な基本情報(抗菌スペクトル,薬物動態等)や起因菌の薬剤感受性データに基づき慎重に行うこと [2]適応症に対する用法・用量ならびに使用上の注意事項の遵守等をより厳格にすること (2)海外悪性伝染病対策 平成12年3月にわが国において92年ぶりに口蹄疫が発生したが,早期発見,早期届出と国,都道府県,市町村,関係団体等が一体となって初動防疫を徹底したことにより終息し,同年9月末にはふたたび清浄国に復帰した.また,平成16年1月に79年ぶりに高病原性鳥インフルエンザ(H5N1亜型)が発生し,同年3月までに計4例の発生が確認された.本病の発生に対して,農林水産省が平成15年9月に作成した高病原性鳥インフルエンザ防疫マニュアルに基づく摘発・淘汰による防疫措置を実施した結果,4月13日にひとまず終息した. しかし,口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザは,依然として,日本の周辺国において発生が続いており,いつ再発してもおかしくない状況である.また,ウエストナイルウイルス感染症の発生が諸外国において拡大しており,わが国への侵入が懸念されている. 現在,わが国においては動物検疫措置を強化する等により,これら海外悪性伝染病の侵入防止に努めている.また,侵入防止対策とともに万が一侵入し,拡大した場合の被害を最小限とするために,国家防疫対策として口蹄疫不活化ワクチン,同ワクチン製造用不活化濃縮抗原,鳥インフルエンザ不活化ワクチン(H5N2亜型)及びウエストナイルウイルス感染症不活化ワクチン(馬用)を備蓄している. 動物医薬品検査所は,口蹄疫発生を契機とする危機管理対策の一環として平成14年に竣工した総合検査棟(高度封じ込め施設)において,これら備蓄ワクチン等の不活化,安全性等に関する品質検査を実施している.今後も海外悪性伝染病に対する事前対応型の危機管理対策業務として,種々の海外悪性伝染病のワクチン及び診断薬等の評価検査,情報収集を推進するとともに,鳥インフルエンザワクチンの開発を支援することとしている. ところで,農林水産省が備蓄している鳥インフルエンザワクチンを使用した鶏の肉や卵の安全性について食品安全委員会に諮問したところ,同委員会から「適切に使用されるかぎりにおいて,食品を通じてヒトの健康に影響を与える可能性は実質的に無視できると考えられる.」との回答に合わせ,「ワクチンの接種は,感染そのものを防ぐことはできないほか,ワクチンによって鳥インフルエンザに抵抗力を獲得した鶏は,臨床症状を示さずウイルスを保有する可能性があることから,早期摘発が困難となる家畜防疫上及び公衆衛生上の問題がある.したがって,鳥インフルエンザの防疫措置は早期の摘発及びとう汰を行うことが基本であり,ワクチンの使用は,早期摘発及びとう汰により根絶を図ることが困難になった場合に限定するとともに,その場合にも,国の家畜衛生当局の指導のもとに,モニタリングの実施など十分な管理措置を講じたうえで行うべきである.」との留意事項が示された. 農林水産省は,この見解を踏まえ,食料・農業・農村政策審議会の家きん疾病小委員会の意見を聞いたうえで,家畜保健衛生所によるモニタリングの実施等の監視体制を基本としたワクチンの使用方針を高病原性鳥インフルエンザ防疫マニュアルに規定する予定である. 鳥インフルエンザ不活化ワクチンの種々の問題点を解決するために,今後,より有効なワクチンや野外感染抗体とワクチン抗体を識別できる簡便な検査法を開発していく必要がある. |
5.お わ り に 動物医薬品検査所は,食の安全を含めた動物用医薬品の品質,有効性及び安全性を確保するための国の唯一の技術対応機関として活動している.その業務は,医薬品や畜水産食品の安全性確保,家畜衛生における危機管理対策という社会的な要請によって益々広がりつつある.これらの業務を的確に推進するためには,既存業務の合理化とともに関係各機関との一層の連携が必要である.今後とも,関係機関,関係者のご支援とご協力をお願いしたい. |
† 連絡責任者: | 牧江弘孝(農林水産省動物医薬品検査所) 〒185-8511 国分寺市戸倉1-15-1 TEL 042-321-1841 FAX 042-321-1769 |