資 料

わが国の牛における好酸球性増殖性
小葉間静脈炎の検出状況

A Survey on Eosinophilic Proliferative Interlobular Phlebitis of Cattle in Japan

佐 藤   博

全国食肉衛生検査所協議会病理部会(〒957-0064 新発田市奥山新保字矢詰430
新潟県食肉衛生検査センター内)

(2003年2月3日受付・2003年11月5日受理)

-------------------日獣会誌 57,195〜197(2004)

 食肉衛生検査において,肥育牛の肝臓に灰白色で糸屑状の特徴的な病変が,まれに見られる.この病変は好酸球性増殖性小葉間静脈炎(静脈炎)と呼ばれている[1].静脈炎症例は当部会が主催する病理研修会でも報告されており,最初の事例は昭和58年の第8回研修会に遡る.肉眼的には,白色〜灰白色ないしは黄白色で,糸屑状あるいは斑状〜結節状の病変が肝臓漿膜面に多発する.病変は大小さまざまで漿膜面から隆起し,肝実質より硬く,大型のものでは数cmの長さに達する例が多い.割面にも同様の病変が存在し,時に肥厚した血管内に糸状物がみられることもある.組織学的には,小葉間静脈の内皮細胞増殖,好酸球浸潤,平滑筋増生を主な特徴とし,他にグリソン氏鞘・小葉間質の線維化,小動脈・細胆管の増生,静脈腔の拡張などがさまざまな程度で加わり,複雑な組織像を呈することがある.
 牛の肝臓は日常の食肉衛生検査で,しばしば食用不適として廃棄されるが,静脈炎もその理由の1つとなっている.自治体が行う食肉衛生検査における廃棄処分の状況は,国への報告が義務づけられているが,既定の報告様式に静脈炎の項目がないため,この疾病の検出状況は統計上には表れない.また,静脈炎に関する吉田ら[3],Tanimotoら[2]の報告も,全国的な発生状況には言及していない.そこで,静脈炎の発生状況を把握するため,2001年10月〜12月の間に,全国36の食肉衛生検査所で本病変に関して次の調査を行ったので概要を紹介する.

検 出 状 況
  対象牛53,327頭中121例(0.23%)に静脈炎が見出され,病理組織学的に確認された.
 品種:黒毛和種では20,232頭中85例(0.42%),褐毛和種では1,058頭中3例(0.28%),黒毛和種とホルスタイン種の交雑種(交雑種)では13,318頭中13例(0.098%),ホルスタイン種では13,534頭中2例(0.015%)に静脈炎が検出された(表1).吉田ら[3]は58例の静脈炎を報告したが,品種は黒毛和種が57例,交雑種が1例で,それぞれの検出率は0.27%,0.034%で,褐毛和種4,470頭,ホルスタイン種8,355頭中に静脈炎は検出されなかったとしている.Tanimotoら[2]が報告した17例は,褐毛和種が10例,黒毛和種が7例で,検出率には言及していない.

 性別:静脈炎と診断された121例の性別は,去勢が83例,雌が38例と去勢牛での検出が多く,雌のほぼ2倍であった(表2).しかし母数である対象牛の性別区分が不完全なため,性別の静脈炎検出率を求められず,性差があるか否かは不詳であった.吉田ら[3]は黒毛和種において,去勢では15,553頭中47例(0.30%),雌では5,308頭中10例(0.19%)に静脈炎が検出されたと報告し,発生率の性差を指摘した.Tanimotoら[2]の静脈炎17例は,去勢が11例,雌が6例であったが,検出率には言及していない.

 年齢:静脈炎121例の年齢は1〜11歳で,3歳が113例(93%)と大部分を占めた.3歳の牛の検出例が多いことは,この年齢が肥育牛の出荷年齢に一致し,母数が多いことによるものと思われ,吉田ら[3]も同様の指摘をしている.Tanimotoら[2]の報告でも17例中,3歳が16例,6歳が1例と,ほとんどが3歳の検出例であった.
 肥育地:静脈炎121例の肥育地は,24の道府県にわたり,北は北海道から南は沖縄県までの広い範囲に分布した.吉田ら[3]の報告は九州における調査,Tanimotoら[2]の報告は四国における調査であるが,発症牛の肥育地,生産地については言及していない.

肝臓内の静脈炎の分布と胆管病変
  病変分布:静脈炎119例における肝臓の病変分布パターンは,単一の葉に限局しているもの,複数の葉にまたがるもの,全葉に存在するものと,さまざまであった.部位別では,尾状葉に86例(72%),左葉に72例(61%),右葉に54例(45%),方形葉に33例(28%)検出され,葉により病変出現率に差があった(表3).また,病変の分布は肝臓全体に一様ではなく,95例(79%)で辺縁性に病変が多発していた.吉田ら[3],Tanimotoら[2]も尾状葉と左葉での好発傾向や辺縁での多発傾向を指摘している.

 胆管病変:静脈炎113例において,肉眼的に26例(23%)の胆管に肥厚が認められ,10例(8.8%)に肝蛭寄生が認められたが,86例(76%)では胆管に著変がなかった(表4).Tanimotoら[2]は17例中7例(41%)に胆管肥厚を認め,3例(18%)に肝蛭寄生を認めたと報告し,吉田ら[3]は58例中2例(3.4%)に肝蛭寄生を認めたと報告している.

ま  と  め
  黒毛和種,褐毛和種,交雑種,ホルスタイン種に静脈炎が認められ,黒毛和種で最も検出率が高かった.この結果から品種により静脈炎の発生率に差があることが示唆された.静脈炎例の性別では去勢牛が多く,雌牛の約2倍であった.性別の発生率を算出していないため明言できないが,性差を指摘した吉田[3]らの報告と軌を一にするものと思われた.年齢は3歳がほとんどで,静脈炎は比較的若い時期に発生する疾病と考えられた.肥育地は北海道から沖縄県までの広い範囲に及んだ.静脈炎は仔牛期にすでに形成されている可能性もあり,生産地を考慮に入れる必要があるが,肥育地の広がりからは全国的に発生する疾病ととらえてよいと思われた.
 静脈炎の原因はまだ確定されていない.肝臓病変であること,好酸球浸潤が著しいことから,原因として寄生虫が想定され,中でも肝蛭との関係が疑われている.しかし実際は,静脈炎例に肝蛭寄生が確認されることは少なく,多くは胆管に異常を認めない.Tanimotoら[2]はおもに血清学的,免疫組織化学的試験成績から原因論を展開し,非定型的肝蛭症と結論づけた.すなわち,肝蛭寄生のない静脈炎例においても肝蛭抗体と抗原を証明し,原因を肝蛭に求めた.しかし,静脈炎が肝蛭症の非定型的な病態であるならば,背景として定型的な肝蛭症の発生があってもよいと考えられるが,同居牛の状況については触れておらず,この点については説明不足の観がある.吉田ら[3]は肝蛭説に否定的であるが,発生要因として検出状況から遺伝的影響の関与を示唆した.現段階では静脈炎の実態はまだまだ不明な点が多い.原因究明には飼養・管理を含めた多方面からのアプローチが必要と思われ,今後の研究が期待される.
 参考までに,当部会研修会に提出された同一範疇の症例は次の雑誌に掲載されている.臨床獣医Vol. 9,No. 4,102(1991),同No. 9,96(1991),同Vol. 10,No. 9,93-94(1992),同Vol. 12,No. 12,95(1994),同Vol. 13,No. 4,93(1995),同Vol. 15,No. 3,87(1997).日本獣医師会雑誌,Vol. 54,133-
134(2001),同Vol. 55,817(2002).

引 用 文 献
[1] 野村靖夫,土井邦雄:動物病理学各論,日本獣医病理学会編,31,文永堂出版,東京(1998)
[2] Tanimoto T, Shirota K, Ohtsuki Y, Araki K : J Vet Med Sci, 60, 1073-1080 (1998)
[3] 吉田哲也,長濱邦昭,宮之脇健二,小川卓司,溝口
晃彦:日獣会誌,49,751-754(1996)