診療室

韓国に一番近い家畜保健衛生所

山口雅之(長崎県獣医師会会員)

 私の勤務する壱岐家畜保健衛生所対馬支所は,韓国に一番近い家畜保健衛生所である.
 スタッフは,獣医師3名とその他に外郭団体(畜産協会)職員1名の計4名であり.仕事の上では,関係機関(支庁,普及センター,町,共済組合,農協)とのつながりが深く,協力を得ながら業務を行っている.
●対馬はどういうところか?
 九州本土からはもちろん,一番近い壱岐よりも韓国の方が近い国境の島である.島の89%が山林で,ほぼ南北に細長く,直線で73kmある.
 面積は708km2あまりで,県全体の17%を占めている.また,人口は県全体の約3%の4万人強だから,広大な土地に人がぽつぽつ住んでいることになる.
 気温は,年間を通じて長崎より1〜2℃低い,という統計があるが,実際には風が強いためか,もっと低く感じる.特に冬の寒さは厳しく,長崎から対馬空港に降りた時には,本当に同じ県内かと思うくらいである.
 なお,現在は下県郡3町,上県郡3町となっているが,平成16年3月1日に,この6町が合併され,対馬市となる.
●家畜の飼養頭羽数は?
乳用牛9頭,肉用牛585頭(うち褐毛和種560頭),馬23頭(日本在来馬・8馬種の1つ“対州馬”),鶏4,800羽(うち半数は卵肉兼用の”つしま地鶏”)《平成15年4月1日》である.
 これまでのピークは,乳用牛が昭和55年の63頭,肉用牛が昭和31年の3,135頭,馬が昭和31年の2,441頭,鶏が昭和45年の52,821羽だったので,いずれも激減している.また,豚は昭和40年には1,551頭飼養されていたが,平成5年に0頭となっている.
 家畜ではないが,天然記念物に指定されている野生動物のツシマジカ,ツシマテン,ツシマヤマネコ等も生息している.
●業務内容は?
 豚が飼養されていないので,その関連事業や衛生対策はないが,それ以外は規模が小さいながらも,他の家畜保健衛生所と同様である.家畜伝染病発生予防,まん延防止,家畜疾病の調査,検査,病性鑑定,家畜の生産性向上対策,動物薬事,肉用牛の改良増殖に関する事務等である.
 最近では,韓国で発生した口蹄疫の防疫対策に力を注いだ.天気がいい日は釜山の街並みが見えるが(100円望遠鏡で覗くとビルの姿までくっきりと),そこから年間2万人前後の人が対馬を訪れており,人が病原体を持ち込まないようにと,水際防疫を行った.
 また,国内で発生したBSEへの対応では,生産者へ適切な情報提供,消費者対策としてトレーサビリティーの周知を行った.
 さらに,当所では,他の家畜保健衛生所では実施していない「家畜診療」を行っている.NOSAI家畜診療所に獣医師1名が従事されているが,始めに紹介したように,対馬は南北に細長いことから,家畜保健衛生所が一部(下県郡3町)を担当している.家畜診療を行っている家畜保健衛生所は,全国的にも珍しくなっているのではないだろうか.
 診療内容を疾病で分けると,繁殖障害が最も多く,消化器病,妊娠分娩産後疾患,新生子異常,運動器病と続く(平成14年度).時間外に難産で診療依頼があることもしばしばで,昨年は夜中の帝王切開を2回行った.
 これまでに診療の経験がなくても,転勤によって赴任当日から往診に出向くこともある.私の場合は,歓迎会会場に難産介助の往診依頼がありタクシーでかけつけることとなった.
 ここで抗生物質の威力を目のあたりにした事例を1つ…生後9カ月齢去勢あか牛のおなかが腫れている,と
いう診療依頼があり,駆けつけてみると,腹部中央の包皮周囲が小児頭大に腫れ,硬結して,少し熱感があった.2カ月前に,ごちそうを食べ過ぎて軽い尿石症にかかった経偉があり,尿石症が再発したか,とも考えられたが,尿道カテーテルはスーッと入るし,尿もほとんど濁っていない状態であった.
 そこで,抗生物質を筋注し,念のため尿石症の予防薬を飲ませたら,なんと次の日には畜主もびっくり仰天,腫れが半分くらいに一気に退き,その後順調に快復していった.抗生物質は,通常は細菌感染症,術後の感染予防等に使用しているが,今回の効果には本当に驚いた.
●最後に,対馬で増減する野生動物を紹介したい.1つはイノシシで,元禄13年(1700年)から10年の歳月と延べ23万人の人力により駆除・絶滅されたが,300年を経て平成6年に人為的に持ち込まれ,この野生化に伴い急増し,農作物に多大な被害を与えている.
 また,他の1つは逆に絶滅が危惧されるツシマヤマネコで,現在の生息数は70〜90匹と堆定され,対馬野生生物保護センター,九獣連ヤマネコ保護協議会,長崎県獣医師会等を中心に保護対策が講じられており,当所も全面的に協力しているところである.

山口雅之  
―略 歴―

1979年

鹿児島大学農学部獣医学科卒業
 以後,長崎県大村保健所,各家畜保健衛生所,畜産試験場に勤務.
2001年 壱岐家畜保健衛生所対馬支所に勤務,現在に至る.
長崎県出身.
 


† 連絡責任者: 山口雅之(壱岐家畜保健衛生所対馬支所)
〒817-0322 下県郡美津島町雛知乙110-4
TEL 0920-54-2179 FAX 0920-54-3149