馬耳東風

 
 またまた新しい年を迎えた.今年こそはと心構えを新たにする人も多いと思うが,われわれ日本人の多くはどうしても干支を思い浮かべてそれに関連づけてものを考えたがる.さて今年の干支は申.申をどうしてサルと読むのかわからないが,古くから十二支を動物に当てはめる場合,その9番目に猿を当てている.しかしどう調べても申の字に動物の猿の意味はない.
 それはさておき人と猿のつき合いは結構古い.わが国でも,石器時代すなわち縄文期の遺物としての猿の土偶が見つかっており,現在東大理学部に保管されている.次いで古墳時代の埴輪にも数は少ないが猿がある.猫好きには申し訳ないが猫の埴輪は存在しないが,猿の埴輪は存在するのである.これほど古いつき合いのある猿がどうして家畜として利用出来なかったのであろうか.私はかつて別府の高崎山で若い猿が売店の猫をからかっているのを見たことがある.折った木の枝を猫の目の前でじゃらし猫が追いかけ始めるとさっと木に登って逃げていた.猫も木に登るのはうまいが,さすが木登りは猿の方が上手であった.このような悪さをする動物はとても家畜には向かない.日光の猿軍団の猿はこのような悪戯をしないのであろうか.
 その日光東照宮の厩舎の欄間には猿の図が巡らせてある.古くからわが国では猿は馬の病気を治す守護神であるという観念があったかららしい.猿が御幣を持って馬を引いている図は古い神社の絵馬によく見られる.さらに東照宮には有名な見ざる言わざる聞かざるの三猿像がある.これは紛れもなく庚申信仰から来ている.
 わが国の庚申思想はかなり古くから起こっており,この夜は徹夜で語り明かすのが習慣であったらしい.「枕草子」にも庚申は出てくる.庚申塚,庚申塔は各地にあり,東京の八王子市には80基の庚申塔があり,武蔵野市にも少なくとも10基はあるという.
 道教思想では,人の体内にいる3匹の虫が睡眠中に天に昇ってその人の罪悪を告げるから,この夜はすべてを慎まなければならないとして,その象徴として不言・不視・不聴の三猿が出来たものである.したがって庚申の夜は男女の房事も堅く慎まなければならない.中世の衛生書である「衛生秘要抄」にも房内禁忌の日に庚申を挙げてある.最後に庚申にまつわる江戸川柳をいくつか挙げておく.解釈はご自由に.

・庚申はせざるを入れて四猿なる
・今日は庚申だと姑いらぬ世話
・もうよかろうと庚申の明け方

(子)