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坂田充古†,武部正美(横浜市獣医師会会員) |
1.は じ め に 本誌第56巻12号(776頁〜777頁)で,野村哲郎氏の疑問点や問題提起を拝読した.いずれもきわめて難しい問題を孕んでいる.紙面の関係はもとより,現在もなお暗中模索状態にあるわれわれが,野村氏の真摯な疑問にひとつひとつ答えることは困難であるため,今回はわれわれが考える『地域猫』の概念を中心に,その経緯と現状を述べることとしたい. |
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2.経 緯 横浜市磯子区でも他の地域同様,猫問題を抱えている.自由奔放に生活している猫達の増加により,猫に対し不快を感ずる人も増え,それが地域住民同士のトラブルにもなっている.平成9年磯子区では3回にわたって,『区民と考える猫問題シンポジウム』を開催した.猫問題を抱える一般区民,町内会関係者,ボランティア活動家,獣医師,行政が一堂に会して議論を重ねた.処分をすべきという強い意見もあるなか,話し合いを重ねるうちに,誰しもが平和的解決を望んでいることが分かり,猫との共存方法を模索する方向で意見の一致をみた.さらに,その糸口は猫の飼い方にあることも分かってきた.つまり,猫を飼っている一般の飼い主の問題と「飼い主のいない猫」に餌を与えている人達の問題,この二つに限局することが明らかになった.一般の猫の飼い主のなかにも,他人に迷惑をかけていることに気付いていない方もいるし,「飼い主のいない猫」に餌を与えている人達によって迷惑を受けている住民もいるというわけである.そこで『猫の飼育ガイドライン』の必要性が議論されることになった. |
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3.磯子区猫の飼育ガイドライン 『区民と考える猫問題シンポジウム』以降,約1年半を掛けて区民,獣医師,行政が議論しながら『猫の飼育ガイドライン』作りが行われてきた.すなわち「一般の猫の飼い主」に対しては,猫の習性や知識を普及し他人に迷惑を掛けない飼い方の基準作り,そして「飼い主のいない猫」に餌を与える人達に対しては,そこから生じる問題を回避するためのルール作りを中心に検討が重ねられ,平成11年にこの飼育ガイドラインが作成されたわけである.ここではこのガイドラインで定義された『地域猫』に関してのみ述べることにする. 磯子区で定義された『地域猫』とは,以下のガイドラインに示された「飼い主の遵守事項」に従って,地域で適切に管理されている猫を意味する.すなわち,以下の遵守事項のなかで飼育されている猫達であり,決して単に一部の住民によって餌を与えられている猫ではない. |
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4.地域猫と特定される場合の遵守事項(抜粋) ―飼育管理―
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5.グループによる飼育管理の重要性 「飼い主のいない猫」に対して,この遵守事項にあるような餌の与え方や周囲の清掃,不妊去勢手術の実施などは,いずれも個人で実施するのは困難である.したがって,このガイドラインでは,近隣の住民でグループをつくり,そのグループで管理することを提唱している.事実,現在グループで活動している住民達は,餌やり,周辺の清掃,手術のための捕獲運搬など手分けして当たり,また手術費用の捻出のためにバザーを開催している. こっそり餌を与えて自己満足するのではなく,『私達が猫の管理をしています.苦情があれば,私達が責任をもって前向きに対処します』という姿勢が,周辺住民の猫に対する考え方を変え,困る存在であった猫達が,存在していても気にならない雰囲気に変化しつつあることも事実である.『地域猫』という概念で,グループ管理を始めている地域では,着実にその成果が現れている. |
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6.現状と将来展望 現在,横浜市磯子区では25のグループが,このガイドラインに沿って「飼い主のいない猫」を『地域猫』にするべく,避妊去勢手術をはじめ周辺住民に迷惑を及ぼさない方法を模索しながら,約350頭の猫達を管理している.この『地域猫』の活動は,始まったばかりであり,まだまだ発展途上の段階にある.『地域猫』という言葉が独り歩きしている現在,先ず必要なのは『地域猫』の概念を知ってもらうこと,『猫の飼育ガイドライン』を理解して貰うことが重要であるとわれわれは考えた.したがって,これらを推進するために,現在『磯子区猫飼育ガイドライン推進協議会』というボランティアの会が,区民を中心に設立されている.猫の正しい飼い方の推進,『地域猫』の普及活動と不妊去勢に対する援助活動(現在,25の『地域猫』を管理するグループの大半の猫が不妊去勢手術済である),『地域猫』以前の問題としての里親探しの会などが,積極的に実施されている.猫の問題を解決するには,複合的な対策が必要であり,住民の意識と協力が必須条件である.これまでこの活動はどちらかといえば,獣医師と行政が中心にならざるを得なかった.今後は地域住民中心の方向にさらに移行する必要があり,現在少しずつその方向に向かいつつある. |
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7.お わ り に 家猫は,家犬同様にわれわれ人間がつくりだしてしまった動物である.猫問題の責任は,われわれ人間にある.獣医師として,区民として何かできないかというところから,今回の問題をわれわれは模索してきた.猫の現状を変えるのではなく,地域住民の意識を変えることも一策であろうと考えたわけである.もちろん,理想論的な模索方法かも知れないし,自己満足の面もある.しかし,少しでもそれに近づければ幸いと考えている. 猫問題の解決方法は,その地域の住宅環境や住民の考え方,意識度,協力度によって,それぞれ異なるものと思われる.その地域に合った最もよい解決法が模索されるべきであろう.幸いにも横浜市磯子区では,多くの住民の協力が得られ,住民中心のガイドラインが作られたものと考える. 最後に,『磯子区猫飼育ガイドライン推進協議会』の基本理念となった,アルベルトhシュヴァイツァーの『われわれは生きようとする生命に囲まれた生きようとする生命である.地球のすべての生命に連携する生命である.』という言葉を添えて筆を置くことにする. |
† 連絡責任者: | 坂田充古 (アン動物病院,「磯子区 猫の飼育ガイドライン推進協議会」事務局) 〒235-0005 横浜市磯子区東町10-24 エーワンビル1F TEL 045-753-6656 FAX 045-753-6606 |