行事等報告

野生動物(熊)と人との共生犬“カレリアンベアドッグ”の
講演会「人と熊が共生する世界を目指して」に出席して

宮田勝重(東京都獣医師会会員)

 野生動物と人の共生は経済性や地域性がからんで,なかなかよい方法が得られないのが現状である.熊などの大型の野生動物が,人の生活圏,経済活動圏に侵入すれば日本ではまず間違いなく射殺される.この場合危険だということもあるが,狩猟圧も無視することはできない.熊はもちろん熊の胆が,猪は肉が求められている.欧米ではスポーツとしての狩猟圧が高く,動物愛議団体との摩擦が常にある.動物愛議団体だけでなく,野生動物の無用な処分を許さない社会的雰囲気もあり,危険だから射殺するという方法が次第に困難になる傾向がある.アメリカでは殺さずに別の場所に移動させることも行われているが,また元の場所に戻ってしまいあまり効果はないようである.日本では移動させる場所そのものがないものと思われる.
 野生動物との共生は,そのような意識のある社会では,どこでもよりよい解決策を求めて苦闘している.アメリカの熊を生かす保護管理を実行している民間団体,ウインド・リバー・ベア・インスティテュートのキャリー・ハント氏が開発したのが,熊対策に犬を使う方法である.熊狩りに犬を使う方法は世界各地で行われているが,熊を追い込んで射殺するための犬で,今回のように熊を追い払う(教育といっている)ために使うことはない.
 キャリー・ハント氏は熊犬を利用することを思いつき,世界中の熊犬の中から,カレリアンベアドッグに注目した.カレリアンベアドッグはロシアからフィンランドにかけて分布する犬で,大きいボーダーコリーといった感じの美しい犬である.この犬のいいところは,熊を木の上などに追い込むことはせずに,巧みに熊の動きを牽制することにある.この性質を利用して,熊に向かわせ,熊が二度と人の生活圏に来ないように教えさせるように彼女は改良した.
 もちろん熊を山に追い返しただけでは問題解決にはならない.あわせて,山に熊の食料があるように改良することや,熊に人の生活圏で食料が確保できないようにする努力が行われるのは当然である.
 9月1日,東京大学農学部弥生講堂にてカレリアンベアドッグとキャリー・ハント氏,そしてC. W. ニコル氏(作家)の講演会「人と熊が共生する世界を目指して」に出席した.ニコル氏の話の中では,熊がいない鮭の遡上する川は,川が死んでしまい環境を破壊する,つまり熊がいて環境が守られているという話が印象的であった.熊は川で鮭を捕まえ岸か,その近くの森林の中で内臓だけを食べ大部分は置いてきてしまう.その鮭が木の成長を助け,川沿いに立派な森が育つ.ある年,アラスカで4頭の熊がいる小さな川で,熊の胆を目的としたハンターに熊が射殺されてしまった.その年の秋,川は死んだ鮭が折り重なり,川底の砂が見えず,死んだ鮭の上に産卵が行われた.川は遠くから異臭を放っていた.日本では人が鮭をとるので,このような悲劇はあり得ないと思ってしまう.しかし,逆に鮭を獲った人が,熊のように鮭をまいて廻ることもないので,川沿いの森林が育たず,川が衰え,海も力を無くしてしまうのではなかろうか.さらにニコル氏によると,熊は本来人を襲うことはなく,人を襲うとしたら人が食物を与えて熊の性格を変えた場合だけで,友好的な動物であった熊は人にとって動物の王として昔から特別な存在であったそうだ.ニコル氏は熊が大好きだが,故郷のイギリスでは残念ながら800年前(?)に絶滅しており熊をみることはできない.欧米人はテデイベアからわかるように熊が好きで,熊と人の関係はずっと友好的だった.確かに子供の頃から親しんできた熊の話は,ほとんどが欧米の話で,日本の熊の話は思い出せない.アイヌを省いて,日本人にとって熊は親しみを感じる動物ではなく,薬の原料であり,またなぜか怖いイメージが定着している.熊を救おうという機運は欧米ほど盛り上がらなのかも知れない.
 今回,キャリー・ハント氏による熊との共生を探る方法は,ピッキオという民間団体が主催している.今のところ軽井沢と知床がその対象になっているようだが,キャリー・ハント氏によると,アメリカではピューマなどにも利用していて,日本では猿にも有効なのではないかということだった.野生動物を傷つけることなく,犬を使って山へ返すという方法は,人と野生動物に期待の持てる方法と思われる.
 興味のある方はピッキオhttp://www.hoshino-area.jp/



† 連絡責任者: 宮田勝重(宮田動物病院)
〒124-0022 葛飾区奥戸3-19-20
TEL 03-3694-1737
FAX 03-3695-6176