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地域が捨て猫や野良猫の面倒を見てくれるという認識が広がれば,今以上に安易に猫を捨てる人が増えないのだろうか. |
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それによって今以上に増える野良猫の糞尿問題,猫自身の伝染病,人獣共通感染症などの危険を,地域の住民は本当に受け入れることができるのだろうか. |
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その結果,今以上に処分される猫や,虐待される猫が増えることはないのだろうか. |
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新しい動物愛護法で打ち出された“猫は家の中で大切に飼いましょう”という精神に対し相反することはないのだろうか. |
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“食を司る”ことが“飼う”ことであると言われる.“一度でも餌を与えたら,飼っていることになり,その人がすべての管理責任を負う”との「見解が一般的である」と聞く.それは,“命に対する責任”を曖昧にしないためではないのだろうか. |
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地域の皆で飼いましょうというのは聞こえも良く,マスコミ受けもするし,一時の感情論で気紛れに餌を与えるだけの短絡的動物愛議論者にも格好の言葉だが,実際は,“共同責任は無責任”の典型例にならないのだろうか. |
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実際に“地域猫”だとされる猫に餌を与えている公園でも,野良猫に対して無関心な一般の大人たちに対し,幼い子供を遊ばせている母親たちは,非常に敏感であった.子供の遊ぶ砂場や草の上に野良猫の糞や尿が残されていることに対する不安,野良猫に餌をやることでさらに集まる野良猫に対する不満などが実際に聞かれた.
以前,近所でも,野良猫十数匹に餌を与えていた老夫婦がいた.その野良猫に蔓延したカイセン症が老婆と飼い犬にも感染した.それまで,周囲の意見を拒み続け頑固に野良猫に餌を与え続けていた老夫婦も,とうとう全頭を保健所に運ぶことに同意せざるを得なくなった.
公園の若い母親たちも,回虫症やトキソプラズマ症の知識くらい十分に持っているからこそ,心配するのだろう.確かに,これらの病気は狂犬病ほどの恐ろしさはないかも知れない.しかし,それで済ませてよいのだろうか. |
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さらに,猫に免疫不全症などの病気を蔓延させ,結果的に,より多くの猫が免疫不全症や,それに付随する惨めな合併症で苦しんで死ぬのを増やすだけではないのだろうか. |
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また,そうなれば,今以上に野良猫の避妊・去勢の必要も出てくると思われる.しかし,実際に何割の猫を捕獲し,避妊・去勢手術ができるのだろうか.
特に,都会とは違って,農村地域は,広い地域に,野良猫の隠れ住む場所が多く,飼い猫も屋外飼育が多い.都会では可能であっても,田舎で本当に実効が期待できるのだろうか. |
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どんな病気を持っているか分からない猫を一般の動物病院で次々と受け入れることで,外部寄生虫・ウイルス感染症などが来院猫や入院猫へ院内感染するリスクも少なくないと思われる.“料金を支払うのだから動物病院は病気の野良猫でも積極的に手術をして当たり前だ”という乱暴な発想でよいのだろうか. |
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術後の管理は誰がするのだろうか.免疫不全を発症してしまった猫の手術の傷が直接の死因になってしまうことはないのだろうか.結果的に,そんな悲惨な末期を遂げさせてよいのだろうか. |
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以前から言われ続けてきた“野良猫に餌を与えるのは止めましょう”という言葉の裏には,多産系統では条件さえ良ければ年間4回も出産可能である猫も,栄養状態を抑制すれば出産回数・出産頭数が減り,その結果,病気で悲惨な死に方をする猫が減るばかりか,人間に伝染する病気の予防にもなり,捨て猫をしようとする人の抑止効果にも繋がるという,先人の苦渋の末に辿り着いた知恵を再認識するべきではないのだろうか. |
以上,私のような未熟者には,あまりに大きな問題なのであるが,他の地域で,もし,このような活動により,地域の人たちと野良猫が本当に健全な形で共存し,実際に,捨て猫や,野良猫を減らすことに成功している地域があれば,今後の参考にさせていただきたく,是非とも,その詳細についてご教示くださるようお願いいたしたい.