解説・報告

世界の小動物用医薬品(II)

小久江栄一(東京農工大学農学部教授)

(前号からのつづき)
(3) 診断薬・診断キットの開発が多い
*[1] 犬の腎不全診断キットERD-Screen Urine Test®
 犬猫の慢性腎不全は病気での死因の第2位とされる.早期診断できないことが治療が難しい原因である.シドニー大学獣医病院のDr. ADJ Watsonの報告(Aus Vet Practit 31, 51-59, 2001)では,早期診断的中率は犬で11%,猫で20%と低い.このように鋭敏な検査法の開発が望まれていたが,米国Heska社のERD-Screen Urine Test®は注目できる.このキットは犬の尿中アルブミンを1mg/dlの感度で検出する.従来のキットの感度は10-30
mg/dlだから,アゾテミア症程度の軽度の腎障害は検出できなかった.尿中にアルブミンが30mg/dlも出た場合は腎ネフロンの75%位は使えなくなっており,診断がついても対症療法以外に手段がない.この新しいキットなら陽性と診断されても,治療によっては完全治癒が可能であろう.臨床現場でそのとおりの精度を発揮すれば,糸球体腎炎の治療にいろいろな選択肢を持つ事ができる.ヘスカ社では猫用も開発すると言っている.(AP. No 487, 2002, p. 19)
*[2] パルボ・ジステンパー抗体検出キットImmunoComb®
 イスラエルのBiogal Galed社が犬のパルボとジステンパーのウイルスIgMを検出するキットを開発した.パルボとジステンパーは初期症状が似ている.どちらも液性免疫反応はIgMとIgGの両方に由来する.IgMは感染すると大量に生産され,IgGは遅れて生産されるから,初期診断にはIgMの検査が適している.また同社にはIgG検出キットもある.IgGはIgMに遅れて産生されるが感染後数年は維持される.したがって,免疫が成立しているか否かの判定にはIgG検査キットが適することになる.猫のワクチン由来ザルコーマが問題になって以来,ワクチン接種について獣医師も飼い主も慎重になってきた.この状況を診断薬・検査薬メーカーは大きなビジネスチャンスと捉えたのであろう.病原体に対する抗体価を飼い主の目の前で判定する検査キットが多く出始めた.その結果によって,ワクチン接種するかを決める.(AP. No. 508, 2003, p. 17)
[3] 尿路感染症時の抗菌薬選択キット2つ
 米国のIDEXX社はIndicatoRX®を開発した.ペットの尿路感染症の感染原因菌を特定して,抗菌薬を選択してくれる.キットメーカーでは,無駄な抗菌薬使用を少なくするとその意義を謳っている.(AP. No. 497, p. 16)
 フランスのScil Animal Care社が新しい尿診断薬Uricult Plus®を売り出した.動物の尿道感染時の病原菌を24時間以内に検出できる.(AP. No. 510, 2003, p. 17)
*[4] 家ダニ検査キットFastest-hd-Mite®
 オーストリアのMeagCor Diagnostik社の発表.家の塵やほこり中のダニアレルゲンを検出し,犬のアトピー性疾患を防止する目的である.同社では,世界中の犬の半分以上は家ダニ(Dermatophagoides farinae, D. pteronyssinus)アレルゲンによる接触暴露や吸入により,アレルギー症状を起こす可能性があるとしている.このキットにはワイパーが付いており,このワイパーで家のいろいろな個所をふき取り,集めた付着物に試験液を滴下する.結果は10分以内に出る.陽性だったら獣医師と相談して,それぞれの環境に合ったダニ駆除方法を検討するように指導解説している.(AP. No. 469, 2001, p. 21).
*[5] 皮膚真菌感染症検査キットMycodetect®
 ドイツのWDT社が開発した.馬,犬,猫,ウサギ,小型きっし類の皮膚真菌感染を検査してくれる.早く検査結果が出るように,培地に真菌の発育を促進する特別な栄養物を入れてある.発育した真菌がアルカリ性の代謝物を出し,そのpH変化により培地の色が変わるようになっている.キット操作は簡単で,結果は3〜7日で出る(AP. No 480, 2001, p. 22)
*[6] 犬用迅速妊娠診断キットFASTest Relaxin®
 オーストリアのMegaCor社が犬用妊娠診断キットを開発した.血清2,3滴で妊娠ホルモン・レラキシンを10分間で定量できる.妊娠判定のX線や超音波検査の前に使用する.(AP. No. 505, p18)
[7] BSE生前診断薬
 AP誌にもFeedstuffs誌にも,数年前からほとんど毎月のように,BSE診断薬開発の記事が載ってきた.特に生前診断薬の開発記事は注目せざるを得なかった.しかし,その後の記事を追いかけても,その診断薬が市場で売り出された,という記載にお目にかからない.中には,ドイツのベーリンガーインゲルハイム社のように,2002年の初めまでには誰にでも使えるBSE生前診断キットを市場に出すと宣言(2000年)して,その開発をあきらめることを誌上で発表した会社もある.BSEの潜伏期はかなり長いから,少なくともあと15年はこの騒動はおさまらないであろう.それまでに生前診断法は開発されるのであろうか.
(4) 犬・猫の糸球体腎炎の薬物治療
 犬の糸球体腎炎は早期診断も難しいが,治療法もいまだ確立はしていない.犬・猫の腎炎のことを書いた総説と,糸球体腎炎の治療に成功した症例報告を紹介する.
[1] Compendiumの総説から
 急性糸球体腎炎(GN)では蛋白尿が出る.輸入腎動脈圧の上昇が,その病態生理の基礎にある.放っておくとネフロンそのものが崩壊するので,早期の診断の上で治療が必要である.人体医療での薬物治療は免疫抑制剤が一般的で,動物でも免疫抑制剤が多く用いられてきたが,犬猫では効果はともかく副作用発現が多く,最近は考え直されている.現在,犬のGNにシクロスポリン,コルチコステロイド,アザチオプリン,シクロフォスファミドなどの免疫抑制薬を使うことはあまり推奨されなくなっている.
 蛋白尿の排泄を減らすには,輸入腎動脈圧を下げる必要があることから,ACE阻害剤が使われるようになった.確かにACE阻害剤は犬のGNを治癒させ延命効果が見られる報告が多いが,エナラプリルを使った症例報告では,窒素血症が発現し症状が悪化した症例が報告されている.
 GN時には尿中のトロンボキサン濃度が高まる事が発見された.輸出腎動脈血管での血栓形成が輸入腎動脈圧を上げ,GNを発生させるという病態生理である.この総説の著者は,来院したGN犬にトロンボキサン合成阻害薬(人体用薬オザグレル)を使ったところ,GNが治癒し再発もなかった経験を持つ.トロンボキサンによる血液凝固を止めるならアスピリンも有効なはずである.事実,アスピリンが犬のGNに有効という報告も多い.それらの治験例を総合すると,アスピリンの適正投与計画は0.5〜5mg/kg,1日1回か2回の投与となる.(Compendium 23(8)798-804, 2001)
[2] 犬の糸球体腎炎治療一例報告:ミコフェノール酸モフェチル
 ラブラドール系の去勢犬(22kg,4歳令)が血尿で来院した.食欲はあったが,血尿以外に多尿と蛋白尿と血清クレアチニン値の中程度の上昇があり,尿蛋白/クレアチニン比は1.1であった.尿路に感染や外傷などの異常はなかったので,糸球体腎炎と診断した.デキサメタゾンを静注後,プレドニソロンを連日2回経口投与させたが,血尿と蛋白尿は減ったが依然と続いていた.開腹し腎,肝,脾臓を生検したが異常は認められなかった.プレドニゾロンに合わせてアザチオプリン(免疫抑制薬)の投薬を開始したが,食欲が低下し嘔吐が始まった.来院してから50日目になって状態が悪くなり,体重は20.8kgにまで低下した.この段階で点滴を開始すると同時に,今までの薬をベナゼプリル(BZP;
ACE阻害薬)とアスピリン(ASP)に変えた.また,免疫抑制薬としてミコフェノレート・モフェチル(MMF)の投薬を開始した.開始後18日目に来院したときには血尿と蛋白尿は止まり,食欲も回復した.血液検査の結果も良好な結果示した.BZPとASPはそのまま投薬を続け,MMFの投与を二日ごとにして様子を見たが,血尿も蛋白尿もなくなり,体重も元に復した.来院してから半年が経ち,今はBZPとASPの投薬だけになっているが元気である.(Aust Vet Prctit 31(3)103-106, 2001)
(5) 駆虫薬・抗真菌薬
 既存薬の新しい使い方,スマートな駆除薬開発.
[1] ドラメクチン週一回皮下注による犬猫毛包虫症治療
 ドラメクチン(DMT)による犬猫の毛包虫症治療の症例報告である.毛包虫症の犬23頭,猫3頭に,DMT 600μg/kgを週に1回皮下注した.効果は顕著で,イベルメクチン連日経口投与とほぼ同程度の薬効を示した.犬では8週目治癒が平均的であり,最短は5週で治癒,最長は治癒に20週かかった.猫では1頭が2〜3週,2頭は4〜6カ月で治癒した.DMT皮下注の副作用はほとんどなかった.注射部位の痛みも軽度であった.また,毛包虫症に罹りやすいといわれているT細胞欠如犬種のブルテリアやスタフォードシェアテリアでも,他の犬種と同じような治癒効果がみられた.
 これまで犬の毛包虫症治療によい薬がなく,ペットも飼い主も獣医師も大変だった.イベルメクチン経口投与が最近評判になっているが,これは何週間・何ヶ月と毎日投与しなければならない.週一回獣医病院に通う方が楽なら,DMT皮下注はよい.(Aust Vet Practit 32(3)98-103 2002)
[2] ルフェヌロンの抗真菌作用:猫の犬小胞子菌感染予防
 ルフェヌロン(LFR)が猫の犬小胞子菌(真菌)感染に有効という論文があったので,本当かどうか,感染のない8頭の若猫を使って人工感染実験で確かめた.LFR懸濁液を経口(100〜140 mg/kg,1月1回)または,皮下(40mg/body,6カ月毎)投与し,投与開始4カ月目から,真菌常在の部屋に住まわせた.暴露開始22週目から感染の程度を測定した.すべての猫が感染した.臨床試験を開始してしばらくは,LFR投与猫の感染指数は無投与対照の猫に比べて低かった.しかし,真菌暴露の期間が長引くと,両者に差がなくなった.この投与計画では,LFRは確かに皮膚糸状菌感染を遅らせるが,予防効果があるとはいえない.
ここにある論文とは,“Use of lufenuron for treating fungal infection of dogs and cats : 297 cases (1997-1999), J Am Vet Med Assoc 2000, 217 (10) 1510-1513”のことで,犬猫の真菌症治療にルフェヌロンを単回経口投与(54.2-68.3mg/kg)し,犬で3週間以内,猫で2週間以内に症状が消えたことを報告している.ノミの卵・幼虫発育阻害剤としてのルフェヌロンの指示用量は10mg/kgであるから,JAVMの投薬量はかなり多いが,真菌症の治療がこんなに簡便迅速に可能ならばありがたいということで,大変評判になった.(Vet Dermatol. 13 (4), 211-229, 2002)
[3] 新型ダニ駆除薬
 殺虫剤開発が得意な英国のSorex社が,Decimite®をEUで販売する.この殺虫剤の有効成分は疎水性シリコンで,鶏の赤ダニ(Red Mite;
Dermanyssus Gallinae)寄生部分に噴霧すると,10分で作用発現し,4時間で完全にダニを駆除できる.作用機序が面白い.ダニは密に集まって各個体が発散する湿度で個体の乾燥を防いでいるが,この製剤の暴露に会うとダニが密集出来ず,居住環境の湿度を保持出来ないため乾燥して死ぬ.
 ダニの生態上の弱点を衝いた,なんともスマートな薬剤開発だと思う.有効成分にいわゆる薬理作用はないから,承認申請もきわめて簡単である.薬剤耐性も出難いのではないか.動物薬開発の面白さを感じる.(AP. 502, 2002, p. 13)
(6) 新しいワクチン
 従来のワクチンとは少し発想の異なったワクチンが近く登場する.
[1] ブラジルのウシダニ用合成ワクチン
 牛への被害が大きいオウシマダニ(Boophilus microplus)の合成ワクチンがもうすぐ出る.ブラジルとコロンビアの共同チームが開発した.ダニの腸からとった特殊蛋白(Bm86)についての研究が,このワクチンの開発のきっかけとなった.中心になったPatarroyo教授がこの蛋白のアミノ酸組成を明らかにし,その組成に人工的修飾を加えて抗原性を持たせワクチンの有効成分を合成した.接種すると牛の体内で抗体が産生され,それが寄生体の繁殖器官を破壊し殺滅する.有効率80%だそうである.オウシマダニのワクチンは他にもあるが,このワクチンは合成品であるから製造の過程で有機不純物が入らず,製造が簡単で安価なことを利点として挙げている.耐性発現しないとも云っているが,それはどうか分からない.
 ブラジルの農林大臣も,「一匹のオウシマダニの乳牛への寄生で一日に一頭当たり8.9mL乳量が減り,年間のブラジルでこのダニによる被害は10億ドルにも上る.このワクチンの開発はブラジルにとって大へんな福音である.」と語った.(AP. No 513, 2003, p. 23)
[2] すべてのサルモネラ菌に効くワクチン
 ミネソタ州WPC社傘下のEpitopix社が,あらゆるセロタイプのサルモネラ菌に有効なワクチンを開発した.WPC社は1990年代にサルモネラ菌の細胞壁にあるポリン蛋白を抽出し,動物に投与して体内でポリンに対する抗体を作らせる事に成功した.この抗体はサルモネラのポリン蛋白と反応してポリンを不活化し,菌体増殖に必須の鉄イオンを取り込めなくして菌を殺す.このため,セロタイプに関係なくサルモネラ菌を殺滅できる.ワクチン開発途中の試験では,3千万羽の七面鳥の試験でサルモネラ排菌数を従来の30%以上から1%以下にする事に成功した.また今までのワクチンのように菌体全体を使ってワクチン製造するのではなく,細胞壁蛋白だけを対象にするので,不純物が少なく注射部位の副作用がほとんどないのが特徴である.
 Epitopix社は七面鳥のサルモネラワクチン開発で自信を持ち,ニワトリや家畜のサルモネラワクチンの開発にも成功した.同じ手法で,病原性大腸菌用のワクチン開発も始めているが,牛肉中の病原性大腸菌数が劇的に減少する効果が確認されている.(Feedstuffs, 2003, vol 75 (13), p. 6)



† 連絡責任者: 小久江栄一(東京農工大学農学部獣医学科家畜薬理学教室)
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