診療室

私 の 診 療 室

小関 隆(北海道獣医師会会員)

 旭川はといえば冬には雪一色.駐車場の雪かき疲れで診察中手がプルプルと震えてしまうが,スキー愛好家にはパウダースノーで最高の場所である.さて,こんな真面目な雑誌に記事を書いて果たしていいのかなと不安になるが,田舎の獣医師の戯言としてお読み頂ければ幸いである.
 私のクリニックでは,[1]「予約制」で待ち時間をできるだけ短くしている:忙しい飼い主が長い時間待合室で待たされて診察開始の途端に「先生,もう行かなくちゃ,診察はどうでもいいから取り敢えずうちのシロにブッスと1本注射して!」という通り魔注射的なことはなくなる.[2]「個室診察」でプライバシーを守る:大部屋での診察中,重度の心臓弁膜疾患が判明し説明を受けている飼い主に,隣の診察台にいる別の飼い主が「あんたんとこの犬もそうかい.うちの犬も便(ベン)が悪くてさ,そう下痢なんですよ.あんたの犬のベン/うんちはザーザー音がする程ひどい下痢なんですか?」なんて横槍(雑音)も入らない.[3]「十分な診察時間」を取ってじっくりと診察します:猫の診察・治療が終了して会計の際に「実はさっき言い忘れたけど,スポンジを食べてから調子が悪いんです」と後から後から大事な情報を飼い主さんが小出しにしても対応できる.うちでは帰りがけに振り返って,またしゃべりだすのをくり返す飼い主さんを「刑事コロンボ」と呼んでいる.
 獣医学が急速に進歩している昨今,セミナーに参加する度に「他の先生方は勉強してるなー」と感心しきりである.あっぷあっぷしながら泳いでなんとか岸(同じレベル)にたどり着こうとすると,新しい治療法などの波が岸の方から次々と押し寄せてきてまた岸からあれよあれよと離されてしまうといった感じである.海外の学会で見かける光景であるが,演者の発表が終わるやいなや,その演者の前に質問者が1列にずらりと並ぶ.学生,開業医,専門医,大学の先生の区別なく質問し教えを請うその情熱ある姿勢は素晴らしいかぎりである.「聞くのは一時の恥,聞かぬは一生の恥」とばかりに辿々しい幼児英語で私も質問する様にしている.ヒグマ生息地域の山奥の登山で「(ヒグマ避けに大声で)歌うは一時の恥」「(他の登山者に恥ずかしいからと)歌わぬは(ヒグマに襲われて死んでは)一生の恥」と同じことだとおまじないをかけてから質問するのである.今通っている医大では,医局の医師達は一体いつ寝ているのだろうと思う程治療に邁進している.大学の建物は夜中でも不夜城のように明るく治療,研究,勉強している医師や学生が沢山いる.医局では「9時5時の(サラリーマン的な)医師には絶対なるな! 奉仕の精神を忘れず,患者を第一に考えよ!」と檄が飛ぶ.最近,雪崩れ的に太ってきた私も身が引き締まり,反射的に直立不動状態になる.
 一部の臨床実習の医学生が「趣味;ゴロゴロすること.」「入りたい講座;辛いのは嫌なので楽な講座」「どんな医師になりたい:のんびりと治療できればいい」と話すのを聞いて,そのエネルギーのなさにぎょっとすることがある.私の動物クリニックにも獣医科の学生が時々実習に来るが,「実習させてもらって,ありがたい」と自覚してくれる学生さんはまだまだ少数派の様な気がする.海外の動物病院で研修した時も,いくつもの病院のスタッフから「実習生は出来れば勘弁して欲しい」という愚痴をしばしば聞いた.理由は,日常の仕事に支障が出て,時には邪魔で,その病院にとってのメリットがある実習生が少ないからだそうだ.実習にくる学生さんに想像してもらうことがある;知らない人から電話がかかってきて「あなたの家の台所に興味があるから見せて欲しい」.OKすると自宅の狭い台所内でうろうろして物を摘みあげ「ふーん」とつぶやき,「これはなんです」と冷蔵庫の中の物のことを質問し,壁に寄り掛かってメモする.これが1日ではなく2日,3日と続いたらどうする? 学生さん曰く,「うちの台所の見学はもう十分でしょう.帰って下さいと言いますね」.賢い学生さんは,ギブ&テイクの考え方をすぐ理解してくれて次の病院での実習に生かしてくれる.経験させてもらうお返しに,大学で仕入れた新しい情報/治療法を実習先の病院スタッフに紹介し,保定をし,雑用を進んで手伝ったりして実りある実習になる訳だ.そんな学生さんは実習大歓迎である.
 インターネットのお陰で,国内,海外の先生からいろいろとアドバイスをもらい治療に役立てている.1人ですべての分野をカバーすることは難しいので,その分野で活躍されている方々の指導は大変ありがたいものである.海外で専門医と開業医が密接に連携して治療するのを横目で羨ましく見てきた者として,日本も早く専門医制度が開始され,専門医のアドバイスが広く受けられるようになることを願って筆を置きたいと思う.

小関 隆  
―略 歴―

1988年 帯広畜産大学獣医学専攻終了
 アメリカ製薬メーカー動物薬開発,都内動物病院,オーストラリア専門医動物病院研修などを経て1997年旭川市にて小動物病院を開業.旭川医科大学博士課程に在籍中.東京都出身.


† 連絡責任者: 小関 隆(ゆーから動物クリニック)
〒070-8044 旭川市忠和4条8-3-3
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