世界の動物用医薬品情報を集めた隔週誌(Animal Pharm誌,以下AP)と週刊の飼料添加物情報誌(Feedstuffs誌),そして獣医学術誌多数の中から,近年の動物用医薬品業界の状況と新たな開発薬,興味ある動物用医薬品(以下「動物薬」という)の研究についてご紹介する. |
|
1.動物薬全般 |
世界の動物薬の2000年売上は175億ドルであった.薬群別には駆虫薬が一位(約3割),ワクチン類が二位(2割強),抗菌製剤(17%),一般薬(17%),飼料添加剤(15%)となる.2001年にはこの順番は大きくは変わっていないが,売上は2%減って171億ドルになった.この時期,売上10億ドルを超える動物薬メーカーは4社である.これからの新薬開発とそのための研究費やマーケッティング費用などを考えると,この10億ドル売上が動物薬企業としての当面の目標になろう.それを目指して吸収合併が盛んである.80年代にはトップ10が全体の売上の30%を獲っていたが,90年代には62%を獲った.今後さらにこの傾向は激しくなり,近い将来トップ5社で2/3の売上を独占するのではないか,といわれている.
駆虫薬:駆虫薬のトップは,イベルメクチンを初めとする内部・外部寄生虫駆除薬とノミ駆除剤の好調が原因である.ここ数年,駆虫薬ではビッグな新規化合物の開発はないが,徐放製剤や経皮吸収剤など,ユーザーの要求に応えた便利な剤形の開発が進み,売上を伸ばしている.
ワクチン:ライフサイエンスの進歩とバイオテクノロジー技術の駆使で,ワクチン開発が盛んである.ウイルスもバクテリアもどんどん変身する.それに対応したワクチンが開発され,また,発想を新たにしたワクチンもできてくる.この薬群は今後も伸びるであろう.
抗生物質:抗生物質は大きな薬群であるが,売上は長期にわたり低下し続けている.農場動物の衛生・飼養管理法が進み,抗生物質などに頼らない畜産が展開されている結果で,その事自体は結構な事と思う.
ここのところ,抗生物質の話題は成長促進用抗生物質に集中している.発端はスウェーデンが1980年代に始めた成長促進用抗生物質禁止運動である.この狙いは自国畜産物の保護であったが,それがEU統合の時期に重なりEU全体の運動に広がった.EU諸国にとっても,北米大陸からの畜産物の流入対策は共通した問題であったからであろう.この非関税障壁問題が,耐性菌発現による公衆衛生上の問題として提起されたことにより,成長促進用抗生物質を巡る長い闘争が始まった.そして約半世紀の長きにわたり使用され続けた成長促進用抗生物質の存続が危うくなった.しかしその後の世界規模での研究・調査で,農場動物への成長促進用抗生物質の使用と公衆衛生上の耐性菌問題との関連は,きわめて薄い事が明らかにされつつある.むしろ,成長促進用抗生物質禁止国における食中毒の増加が,逆の意味でのリスクとして問題視され初めている.EUが公衆衛生上のリスクに負けずに非関税障壁構築を目指すか,世界は注目している.
一般薬:ドラッグデリバリーシステム(剤形工夫)の進歩により,経皮吸収,チュアブル,液状剤,ジェリー剤などの剤形の動物薬が多くなり,飼い主のペットへの投薬負担が軽減した.おかげで一般動物薬の開発が増えた.こうした工夫がないと,安価な医薬品の承認外使用が横行してしまう.当然ながら,開発薬剤はペットに多発する皮膚病,骨関節炎などの疾患を対象としたものが多い.また,動物薬に関する学術研究でも,これらの多発疾患と,腎炎や心臓病などの治療の難しい疾病に関するものが多い.
診断薬・診断キットの開発も盛んである.動物の状態を飼い主の稟告に頼る比重の大きい獣医師の場合は,客観的で簡便迅速な疾病診断の必要性が大きい.診断結果を飼い主とともに見られる診断キットは,臨床獣医師の有力な診療武器である.今後ますます開発が進むであろう.本稿の3の3)には特に注目される診断薬を書いた. |
|
2.米国の売上ベストテン |
動物薬界で圧倒的に世界をリードしている米国の動物薬売上(2001年)が発表された.前年度に比べて微増だそうである.ペット数も順調に伸び,その伸びが20年間は続くと予想されている.そのような状況で畜産薬がかろうじてペット薬を抑えた(54%:46%).さすが畜産薬大国の米国であるが,ここにはペット診療で承認外使用された人体薬の売上は含まれていない.以下に売上トップテンを掲げた.上の二つは売上2億ドルを超えている.
牛成長ホルモン(Posilac®) ・・・・・・・・・・・乳牛
フィプロニル(Frontline®) ・・・・・・・・・・・犬猫
イベルメクチン(HeartGard®) ・・・・・・・・・・犬猫
イミダクロプリド(Advantage®)・・・・・・・・・ 犬猫
イベルメクチン(Ivomec line®) ・・・・・・・・・家畜
セフチオフル(Excenel®) ・・・・・・・・・・・家畜,馬
フロルフェニコール(NuFlor®) ・・・・・・・・・・家畜
ミルベマイシンオキシム(Interceptor®)・・・・・・ 犬
ミルベマイシンオキシム+ルフェヌロン(Sentinel®) 犬猫
米国で昨年暮に農場動物用のフルオロキノロンが承認された.次回にはおそらくこの中に入ってくるであろう.治療用抗生物質は今後も大きな薬群として残ると思われる.内外駆虫薬やノミ駆除剤の顔ぶれはここ数年変わらない.1980年代には,ベスト10の中には,鶏用抗コクシジウム剤が複数の入っていた事を思うと隔世の感がする. |
|
3.注目される新規開発薬剤 |
(1) |
骨関節炎治療薬(鎮痛薬)
手術時の疼痛管理だけでなく,骨関節炎に伴う痛みの管理にも非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)が注目され,動物専用薬の開発が進んでいる.また,グルコサミンをベースにした骨関節炎薬の開発も盛んである.
[1] |
NSAID・新ご三家
COX-|| 酵素の発見(1990年)から12年経ち,動物薬界でも選択的COX-|| 阻害薬が3つ揃い,いわゆる非選択的NSAIDsはかなり影が薄くなった.昨年秋に,FDAがノバルチス社のデラコキシブチュアブル(Deramaxx®)を承認した(AP.
No. 505, 2002, p. 17).動物用としては初のコキシブ系である.適用は犬の術後鎮痛であるが,一日一度,食事前でも後でも投薬できるので,近い将来は骨関節炎時の疼痛管理の承認も取るであろう.コキシブ系はWHOが唯一認めている選択的COX-||
阻害薬である.長期使用しても血小板や腎血流や胃粘膜は正常に保てる.人体用NSAIDでは現在コキシブ系が主流になっている.ファルマシア社のバルデコキシブとセレコキシブ,メリアル社のレフェコキシブが人気である.
犬用NSAIDには先発薬にファイザー社のカルプロフェン(リマデル®)がある.昨年の年商200億円を超えたビッグ商品であるが,このカルプロフェンも負けじと,従来の骨関節炎だけでなく術後鎮痛の適用承認をFDAから得た(AP.
No. 502, 2002, p. 18).また新たに開発したカルプロフェンチュワブルの売れ行きもよい.
もうひとつメロキシカム(ドイツ,ベーリンガーインゲルハイム社製)も勢いがある.メリアル社と業務提携を結び,従来のEUとカナダだけでなく米国でも発売を始める.メロキシカムはコキシブ系出現以前は,唯一選択的COX-||
阻害薬として教科書に書かれていた.昨年学術誌(Am J Vet Res 2002 63 (11) : 1527-31)に,犬を使い血中,胃粘膜中,関節液中のCOX-|| 活性抑制作用を調べ,メロキシカムが炎症部位のCOX-||
活性だけを抑制する事を発表した.in vivoでの選択性COX-|| 阻害の証明であった. |
ペット用NSAIDsの競争はますます激しいくなる.
[2] |
グルコサミン製剤3つ
(AP. No. 507, Dec 20th, 2002, p. 18)
・チュアブルボーングルコサミン製剤:米国Travco社のCuraflex Bonelets®は,関節障害に効く健康食品の定番,グルコサミン・メチルスルホニルメタン・コンドロイチン硫酸・ムラサキ貝が有効成分である.メーカーではなるべくイヌが若い頃から,予防的に使うよう宣伝している.
・グルコサミン液剤:英国NAF社のHipRite®はイヌの重度関節炎用とするグルコサミン液剤で,有効成分はグルコサミン・コンドロイチン硫酸・生姜成分・メチルスルホニルメタンである.効能書きには,グルコサミンとコンドロイチン硫酸が異常関節での軟骨分解酵素の働きを押え,生姜成分とメチルスルホニルメタンが抗酸化作用で炎症を抑えるとある.有効成分が自然界からの抽出物ばかりなので,一生服用しても副作用は出ないそうだ.メーカーでは猫にも使えるといっている.
・チュアブルグルコサミン製剤:米国Ark Naturals社からのJoint Rescues®はレバーの薫り高いチュアブル製剤で,有効成分はグルコサミンの外,必須ビタミン,ミネラル,アミノ酸である.メーカーでは鎮痛と抗炎症作用のほか,健康な間節軟骨を増殖させる作用もあるとしている. |
|
(2) |
皮膚病薬
診断技術が向上したこともあろうし,動物の純系化や生活環境の変化も原因していると思う.とにかく犬と猫の皮膚病が多い.全米の犬の5〜10%(400〜700万頭)がアレルギー性皮膚炎で悩んでおり,予備軍やその他も加えると一千万頭をはるかに超えるといわれる.メーカーはこれを大きなビジネスチャンスと捉えて,開発にしのぎを削っている.
[1] |
アレルギー性皮膚炎用スプレー
ビルバック米国社が,FDAから副腎皮質ステロイドスプレー剤Genesis®の承認を得た.有効成分はトリアムシノロンで,スプレー中濃度は0.015%ときわめて薄い.米国獣医学会誌(Am
J Vet Res, 2002; 63 : 408-413)に掲載されたクリーム剤との薬効比較では,アレルギー性皮膚炎の治療に有効で,副作用発現はきわめて少ない.同社は世界中での販売ライセンスを持っており,これから海外に進出する体勢をとっている.ただし競争薬も多い.(AP.
No 505, 2002, p. 17) |
[2] |
シクロスポリン:犬アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎の犬に対する,免疫調整薬シクロスポリンA(CLP-A)のパイロット臨床試験結果が論文になった.細菌や真菌感染のない皮膚炎の犬14頭に,CLP-Aを5mg/kg,1日1回2週間経口投与した.臨床症状を見たかぎりでは,1頭を除き症状改善の傾向がみられた.飼い主の判定も,64%が甚効(excellent),22%が効果あり(good)であった.規定のスコア表に基づき臨床症状をスコアした結果を表1に示す.試験期間中に2頭の犬が嘔吐したが,それ以外に重度の有害副作用は見られなかった.
シクロスポリンAは人のアトピー性皮膚炎で評判がよい.人と犬のアトピー性皮膚炎は病態生理学的に似ているから,期待できるのではないか.メーカーのノバルチス社はAtopica®という名で,オーストラリアとニュージーランドで5月から売り出した.この症状に多く使われているメチルプレドニゾロンなどのステロイド系抗炎症薬より薬効は高く,感染症罹患体質にはなることはないそうである.また腎機能に対する影響も少ない.(Vet
Rec (2001) 148, 662h663) |
[3] |
ペット用抗アレルギー剤
英国ウェールズのBio-life International社のペット用抗アレルギー剤Petal Cleanse®は,逆性石鹸,水酸化ステアリン酸トリモニウムコラーゲン,アラントイン,アロエエキス,グリセリン,パンテノール,ライム花エキスなどが主成分の製剤で,ペットのアレルギー性皮膚炎の治療に使われている.ペットのアレルギーは世界的に増えており,この製剤自体はかなり人気がある.発売6カ月で英国とEUでは評判になり,すでに日本での販売契約も成立したらしい.(AP.
461, 2001, p 16) |
[4] |
オメガミ6脂肪酸・リノレイン酸・ビタミンE配合剤
アトピー性皮膚炎用のシャンプーやスプレー剤など,オメガ-6脂肪酸・リノレイン酸・ビタミンEなどを有効成分とする製剤が多数出ている. |
 |
|
|
(次号につづく) |
|