診療室

獣医師会って何ですか?

柴山隆史(滋賀県獣医師会会員)

子供:「おじさん,獣医師会って何ですか?」
私:「えっ!……」(沈黙)
子供の母:「これこれ,おじさんじゃなくって先生でしょ,すみませんねぇ.」
 
 今を去ること数年前の当院での会話.
 その子は薄汚れた捨て猫を拾って連れ帰り,母親に怒られながらも一緒に治療のために来院した少女であった.
 世間では非行の低年齢化が叫ばれ,少し前には神戸での少年によるショッキングな事件報道もあった.いつまでも続く不況に小泉政権が立ち,特殊法人改革だ,構造改革だといわれ始めた頃のこと.獣医師という職種が,ようやく小・中学生のなりたい職業の上位3番目に入るとともに,図らずも多額脱税リストの7番目に載ることになった時代でもある.
 私が黙り込んだのは,別におじさんと呼ばれてショックを受けたわけではない.私も自分の仕事には自信と誇りを持っているが,子供は自分の価値観を正直に口にするものである.この子猫の病気を完治できたときには少しは尊敬の念を抱くやもしれない.そういう意味では,われわれ開業獣医師という職種は目に見える結果をもとに患者からの評価をダイレクトに受け取る機会が多いように感じる.
 その評価は,単に技術的なことだけにとどまらず,日常診療における動物に対する姿勢はもとより,連れてこられた飼育者の方との関わり方や言動までが「獣医師」としての評価の対象になっていることと思われる.あらためて考えると身の引き締まる思いである.
 話を元に戻すと,そもそも大学を卒業し,獣医師免許をいただいた頃には「先生」と呼ばれることに自分でも長い間違和感があったことも思いだした.さほど偉くもないのに,いつの間にか「先生」と呼ばれ慣れていたことにも気付いた.まあ,世間で「先生」と呼ばれるものにろくな者はいない,なんて,口の悪い人たちは言うが…….
 そんなことではないのである,私が押し黙った理由は.
 院内のポスターの読めない漢字を母親に尋ねながら子供が言った「獣医師会って何」なのかが,私には答えられなかったのである.
 読者は自身の身近な人や,子供や孫に,なんと答えるであろうか?
 このときにしてはじめて,私は獣医師会員であることを自覚した,いや,させられたといった方がよいのであろうか.
世間知らずな私はこのあと獣医師会が公益法人だったことを知り,「えっ,あの無駄金使って世間の非難を浴びてる特殊法人の仲間か?」などとまたまた迷走する始末…….
 面倒なことが嫌いで組織に属することなく,人間関係のしがらみにとらわれず好きな仕事が自由にできると思って開業した私であったが,ある時より「滋賀県獣医師会・将来像検討委員会」の委員に就任し,遅まきながらいろいろと勉強させていただいた.
 当然のことながら,なんびとたりとも社会とのつながりなくして生活はできないし,また,私のような開業獣医師も例外ではなく,社会に受け入れられなければ好きな仕事も続けられない.個人主義的な一面をもつ,私でも,ほんの少しでも社会に貢献したい,などと考える.
 本会の会員の方の中には本当にすばらしい社会的活動をされている方々も多く,また,本来の獣医師としての職務でも立派に社会貢献されているものと思われる.
 しかし,社会における価値観が多様化するとともに,今日のようにBSE問題に代表される畜産物・食品衛生の安全確保の重要性が叫ばれ,次に発生が危惧される狂犬病,西ナイルウイルスをはじめとする新興感染症など公衆衛生分野ではいち早い対応を求められ,学校飼育動物事業を通して教育分野への参加,野生動物保護事業に環境保全etcなど,職域の広い獣医師に対する社会の要望はどんどん広がる一方である.
 そんな獣医師を取り巻く現状で,的確に,そして広く世間に応えていく足がかりとしては,獣医師会以外の組織は考えられないのである.
 一般社会から見れば,獣医師会とはさまざまな活動をしているわれわれ獣医師のイメージを代表している組織ではないだろうか?
 われわれ一人だけでは為し得ないような社会貢献を考えるとき,専門家集団として,獣医師会として取り組んでいくのが自然な形ではないだろうか.そして一人ひとりの小さな努力が積み重なって獣医師会の成果として社会に受け入れられ,その評価はわれわれ会員である獣医師個人へとフィードバックしてくるのである.獣医師であれば当然わきまえているはずのことが声高に表明されている「獣医師の誓い-95年宣言」などをわざわざ持ち出さずとも,獣医師会員であることがそのまま社会貢献の証となるように,自分たちが得意な分野で,自分たちができる範囲の努力をしあい,会員みんなで成果を喜べる,そんな組織.
 会員一人ひとりが会員であることを誇れる獣医師会であってほしいと願っているのではないか?
 獣医師会を作り,支えていくのは私たち獣医師会員自身である.
 こうして私は,単なる獣医師仲間・職域集団としてでなく,広く社会へ貢献できる点にスポットを当ててみることから理想の獣医師会像さがしへの第一歩を踏み出してみることになった.
 前述の子供が「先生」と呼んでくれることと同じように,いくら獣医師自らがその地位向上を望んでも,われわれに評価を与えるのは社会である.
 人によって価値観は違うのだから,獣医師会に対するスタンスも理想の獣医師会像も一人ひとり違うことと思うが,これを機会に会員一人ひとりが,もう一度自分自身に問いかけてみてはいかがだろうか.
「あなたにとって,獣医師会って何ですか?」

柴山隆史  

―略 歴―

1988年 帯広畜産大学卒業(修士課程終了)
同 年 動物病院(京都市)にて勤務
1991年 滋賀県彦根市にて柴山動物病院開業


† 連絡責任者: 柴山隆史(柴山動物病院)
〒522-0047 彦根市日夏町1734-34
TEL 0749-28-4062
FAX 0749-28-8073