馬耳東風

 
 この3月,ある大学の卒業式に行った.卒業生一人ひとり名前が呼ばれ学位記の授与があり,式は淡々と進み学長の式辞の後大学歌を歌って終了し,獣医学科を始め多くの卒業生が巣立っていった.女子学生の殆んどは和服で華やかだったが,男子学生の中にも羽織袴がおり,雰囲気を盛り上げていた.しかし何かもの足りなかった.
 昔自分達の卒業式は,卒業の嬉しさもあったが感動的だった.そう,その感動がもうひとつ伝わってこない.考えてみたら,「仰げば尊し」も「螢の光」もないからだと思った.卒業生が歌う「仰げば尊し」で「〜今こそ別れめ,いざさらば」とここまでくると万感胸にこもり自然に目頭が熱くなり,すすり泣きが聞こえたものだ.
 これがなくなった.戦後日教組の反対で次第に歌われなくなったという.その理由は,先生と生徒は平等で師と仰ぐよう強制できないとか,二番の歌詞の「身を立て名をあげ,やよ励めよ」は競争社会をあおるものだとか,「いと疾し」など言葉が難しいからだとかが理由だったと聞く.冗談じゃない.尊敬されるような先生になろうとしないのか.先生と生徒は,親と子のような上下関係が厳しく存在するだろうに.難しい言葉はその意味を教え,文学として日本語を教えるのが先生だろう.消えた小学唱歌も多く,たとえば「村の鍛冶屋」では,かじやもふいごもわからないからだという.もっとも,「赤い靴」では「異人さんに連れられて,いっちゃった」となると,今では拉致問題になるから具合が悪いかも知れないが,「赤とんぼ」の「十五で姐やは嫁に行き〜」は,民法では女性が結婚できるのは十六歳だから違法だということもあったとか.小学校の授業では,生徒をさんづけで呼ぶのはまだいいとして,「並んで下さい」,「持ってきて下さい」などと腫れものに触るような言い方をする.
 これもご時世なのだろう.しかし今年,広島県立竹原高校が30年ぶりに「仰げば尊し」を卒業式で歌ったというからご立派.「螢の光」も歌ったかは聞いていないが,在校生が歌うメジャーなこの歌と,卒業生が歌うマイナーの「仰げば尊し」は妙に相対的で切り離せないのだ.
 さて話は戻るが,今年も千人の獣医師が巣立ったが,地域転域で立派に活躍するよう期待する.獣医師はあらゆる分野で活躍できるのだから.そして社会から信頼される職業なのだから.日本リティル研究所が,昨年首都圏で48職種について信頼度調査をしたところ,最も高いのが消防士,次いでエンジニア,看護師,裁判官,薬剤師,弁護士,医師の順で第8位が獣医師,次に介護福祉士,歯科医師がベストテン.獣医師よ誇りを持て.

(寅)