診療室

小動物の輸血医療

中山正成(奈良県獣医師会副会長)

 小動物臨床の現場では,輸血を選択しなければならない場面が多々ある.たとえば,交通事故などの外傷による大量出血,住血寄生虫(バベシア,ヘモバルトネラなど)による赤血球数の減少,自己免疫性疾患による貧血,その他多くの疾患がある.輸血を行わなければ救命できない疾患に遭遇した場合,小動物臨床に携わる諸氏はそれぞれに対応されていると思う.私の病院では20数年以前から,供血用の犬猫を飼育している.現在では,何代目かにあたる,血液型がそれぞれDEA1.1(陰性)のラブラドールリトリバー(はな),DEA1.1(陽性)のゴールデンリトリバー(べべ),A型の日本猫3匹(なお,こゆき,うみひこ)を飼育していて救急時に出動していただいている.もちろん,寝食をともにする家族として愛情を惜しみなく注いでいる伴侶動物である.採血の前には「申し訳ないけど血を分けて」,終われば「有難う,ご褒美だよ」と美味しい缶詰を与えることにしている.
 輸血医療のためには,ドナーとレピシエントとの血液が適合することが重要であることはいうまでもない.古くからクロスマッチによる血液の適合性判定が行われていたが,手技が面倒なこと,まれに不適合が起こって重篤な結果を招くこと,などから永らく個々の動物病院で簡単に行える血液型判定法の開発が望まれていた.このような中,今年から犬の血液型の簡易な判定用試薬が日本でも入手可能となったことはわれわれ臨床家にとって朗報と言えよう.この試薬は犬赤血球表面抗原(Dog Erythrocyte Antigen;DEA)として知られている10数種類の抗原のうち,輸血反応にもっとも大きく関与しているDEA1.1抗原の陽性,陰性を判定する試薬である.
 現在わが国では,輸血用の血液を供給するシステムがなく,大半の施設が大手の動物病院や大学病院(多くの供血犬を有する)に輸血医療を依頼しているのが現状であると思われる.また,住宅環境で供血犬を飼えない施設は病院で購入した大型犬を必要時採血することを条件に里子に出したり,大型犬の飼い主に依頼したりして血液を確保している例がありそれぞれ苦心されている.
 以前国内のあるメーカーが犬血液型判定試薬を発売していた頃,輸血医療を円滑に行うために獣医師会で血液型を判定した犬を登録して供血のネットワークを作り,会員の方々が利用できるシステムを作ることが検討されていた.しかし,当時の血液型判定試薬が国内で発売中止となったため,断念されたことがあった.
 地方獣医師会単位での輸血医療ネットワーク作りは,高度医療,動物愛護にもつながり,獣医師会入会のメリットになると考えられる.新たに,犬血液型の簡易判定用試薬が入手可能となったこともあり,現在,ある地域の獣医師会小動物部会では輸血医療ネットワーク作りを検討しているところもある.
 一方,ペット輸血医療の先進国であるアメリカではペット用の血液銀行も数箇所設立されており,そこではこの試薬を使用してDEA1.1抗原の陽性,陰性を判定した血液が常時入手可能となっている.また,ペンシルバニア大学のGiger教授らはペンシルバニア州で犬,猫の供血ボランティアネットワークシステムを構築している.さらに,昨年採血専用の自動車を購入し,供血動物のもとへ大学スタッフが訪問し採血を行っている.これらにかかる経費は市民からの寄付によっているというから誠にうらやましいかぎりである.
 わが国でも動物輸血医療を発展させていくためには,大学獣医学部や獣医師会が中心となってこうした取り組みを早急に検討する必要があるのではないだろうか.

中山正成  

―略 歴―

 北里大学卒業(1973年)後,奈良県奈良市にて開業.
 現在,奈良県獣医師会副会長,日本小動物獣医学会副会長.
 神経病,画像診断に興味を持っています.


† 連絡責任者: 中山正成(中山獣医科病院)
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