論  説

公衆衛生獣医師の役割と全国公衆衛生獣医師協議会の活動

奥澤康司(全国公衆衛生獣医師協議会会長)

 全国公衆衛生獣医師協議会(以下「公獣協」とする.)は,獣医公衆衛生に関する調査研究および技術の研鑽を行い,公衆衛生獣医師の資質の向上を図るとともに公衆衛生行政に寄与することを目的として,国や地方自治体の公衆衛生部門に勤務する約4,800人の獣医師により,平成10年に新生発足した学術団体である.
 おかげさまで新生公獣協の活動もようやく5年目に入り,調査研究発表会等の活動も定着してきた.これらの活動をさらに充実させるとともに,新たな事業も展開していかなければならない時期に来ていると考えている.
 公獣協会則に公獣協の事業が掲げられているが,これらの事業の基本となるのが密接な情報交換である.そのため,獣医公衆衛生に関連する各界の方々の寄稿論文をはじめ,職場紹介などを内容とする学術情報誌「獣医公衆衛生研究」を毎年1回発刊し,会員全員に配布している.また,毎年1回,調査研究発表会研修会を開催するとともに,優秀課題を選考して国内外の学会へ報告するための支援を行っている.
 しかし,実際に調査研究発表会研修会に参加できるのは会員のほんの一部でしかない.そこで,発表会抄録を兼ねた「獣医公衆衛生研究(調査研究発表会特集号)」についても,参加者だけではなく会員全員に配布している.
 さらに,今年度から,学術情報誌「獣医公衆衛生研究」を調査研究発表会研修会の後にできるだけ早く発刊することにより,優秀課題や研修会(講演)の内容を,会員全員に新鮮な情報として発信することとした.今後は,公獣協からの情報発信だけでなく,会員からの情報発信についても検討していきたいと考えている.
 世はITの時代,公獣協としてもITなども積極的に活用して,できるだけ効果的でかつ現実的な方法がないものかと頭を悩ませている.斬新なアイデアをお持ちの方がいらしたら,そのアイデアを提供していただければ幸いである.
 さて,改めて申し上げるまでもなく,公衆衛生行政はゆりかごから墓場まで,人の一生のすべてにかかわる分野である.そのため,さまざまな分野の専門技術の連携と協力が不可欠な学際的領域となっている.その中で,幅の広い学問領域である獣医学を修めた公衆衛生獣医師は,食品衛生行政,環境衛生行政や動物愛護行政に深く関与してきた.
 近年,牛海綿状脳症(BSE)の国内発生,内分泌かく乱化学物質や環境汚染物質への対応,食品表示の偽装事件,指定外添加物の使用,輸入食品(野菜やその加工品)の残留農薬基準違反,無登録農薬の使用など,食品の安全性や信頼性を揺るがす問題が次々と発生している.また人と動物の共通感染症対策,さらに伴侶動物としての動物愛護に関する問題などについても,社会の関心が非常に高くなってきている.これらのさまざまな問題について,公衆衛生獣医師は真摯に,適切かつ的確に対応してきた.
 さらに,今後発生するさまざまな未知の問題に対し,公衆衛生獣医師は,諸外国の状況など広く情報を把握すると同時に,それらにいつでも対応できるよう技術の向上に努めることが不可欠である.
 昨年10月から開始された牛海綿状脳症(BSE)のと畜検査における全頭スクリーニング検査を通じて,と畜検査に従事する公衆衛生獣医師の役割があらためて社会に認識されることとなった.
 最近,公獣協の組織を通じて公衆衛生獣医師の配置状況を調査した.その結果,予想されたとおり,多くの自治体において,BSE検査のため食肉衛生検査所のと畜検査員が増員されている.しかし,一方で,全国的に公務員の定数が削減される傾向の中,BSE検査のための増員要素を認めつつも,獣医師の総定数は現状維持あるいは削減という厳しい現実もうかがえる.
 特に,BSE対応の問題が昨年9月という年度途中で発生したため,スクリーニング検査が開始された10月18日以降年度末までの対応は,保健所や動物愛護センターなど食肉衛生検査部署以外からの応援を得て,急場をしのいだという実態がうかがわれる.
 このことは,と畜検査や動物愛護事業といった公衆衛生獣医師の専門領域の配置を確保するために,食品衛生や環境衛生といった学際領域に配置されている獣医師をはずして充当するといったことにつながりかねないリスクをはらんでいる.食肉検査分野の増員に安住することなく,食品衛生や環境衛生分野など,公衆衛生獣医師が関与すべき分野を確保する必要がある.そのことが,公衆衛生獣医師のさらなる活性化につながると信じている.
 そのためには,公衆衛生獣医師一人ひとりが,技術研鑽に努め,与えられたそれぞれの立場でその役割を十二分に果たす必要がある.その実績の積み重ねが,公衆衛生獣医師全体の社会的評価の向上につながると確信している.全国公衆衛生獣医師協議会として,今後ともそのための活動を地道ながらも確実に続けていきたいと考えている.