論  説

動 物 検 疫 の 推 進 に つ い て

須永 裕(農林水産省動物検疫所長)

 農林水産省動物検疫所は,本所(横浜)をはじめ,6支所(成田,名古屋,関西空港,神戸,門司および沖縄),17出張所を全国に配置して,定員338名の体制で業務を行っている.おもな業務には,「家畜伝染病予防法」に基づく動物・畜産物の輸出入検疫,「狂犬病予防法」に基づく犬・猫・あらいぐま・きつね・スカンクの輸出入検疫と「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づくサルの輸入検疫があり,280名の家畜防疫官が水際において広範囲に及ぶこれらの検疫業務に当たっている.
 こうした中,一昨年の口蹄疫に続き,昨年9月にはわが国で初めてBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認された.これを受けて,すべての国から輸入される肉骨粉等の動物性加工たん白については,昨年10月以降緊急的な輸入一時停止措置を講じている.また,BSEの発生や食品の表示問題等を受けて,消費者に軸足を移した農林水産行政への転換を図るため,組織の再編が行われることとなっている.食品のリスク管理部門を産業振興部門から分離・強化するため,食料消費行政とリスク管理を担う消費・安全局(仮称)を新設することとされており,動物検疫所は新たな組織の枠組みの中で検疫業務執行体制の強化が図られることとなっている.
 わが国を取り巻く諸外国の疾病の発生状況に目を転じると,口蹄疫,BSEのみならず豚コレラ,鳥インフルエンザ等多くの疾病の発生が報告されている.さらに,ニパウイルス,西ナイルウイルス等による新たな疾病の発生・流行も報告されている.わが国への動物や畜産物の輸入は引き続き高水準にあることから,疾病の侵入防止には万全を期すことが求められている.一方,輸入手続きの迅速化が引き続き要請されており,平成9年から動物検疫検査手続きシステムの運用を開始し,その後,システムの拡充や改善により手続きの迅速化に努めてきている.
 このような状況の中で,一層的確な動物検疫の推進の方向について述べてみたい.

 1 能動的な動物検疫の推進
 動物検疫については,輸出国と輸入国において検疫を実施する,いわゆる二重検疫が一般的に実施されている.畜産物については,多くの場合,大量に輸入されることから,到着時に全量を検査することは物理的に困難であり,抽出したサンプルについて検査を行うこととなる.そのため,従来行ってきた到着後の検査に重点を置いた,いわゆる「受動的な対応」から,輸出国の生産・製造段階における一層の安全性の確保という「能動的な対応」へと重点を移し,より安全なものがわが国に輸入される方向へと持っていくことが重要である.このためには,現行の輸出国の製造施設等への巡回調査をはじめとする種々の家畜衛生関連の海外調査を強化していく必要がある.
 2 危険度分析等の分野の人材育成
 世界貿易機関(WTO)の設立とともに発効となった衛生植物検疫措置に関する協定(SPS協定)において,各国の動物検疫措置は国際獣疫事務局(OIE)が作成した危険性評価技術を考慮しつつ,適切な危険性評価に基づくものであることとされている.現在,危険度分析の手法を用いてBSEステータス評価等が行われているが,この分野は,分析手法等が急速に進歩しており,動物検疫所としても人材の育成に引き続き努めていく必要がある.さらに,輸出国の家畜衛生に関する的確な情報の収集・分析が動物検疫業務の実施上,不可欠なものとなっており,この分野の専門家の育成についても努力していく必要がある.
 3 診断技術の向上
 遺伝子レベルの診断技術の進歩には著しいものがあり,最新技術の導入により各種伝染病の診断のみならず肉骨粉に係わる動物種鑑別等が的確に実施できる体制を引き続き整備していく必要がある.さらに,海外病や新興感染症(emerging infectious diseases)についても関係研究機関等と連携を密にして診断技術の導入に積極的に取り組んでいく必要がある.
 4 動物由来感染症への的確な対応
 平成12年から,狂犬病の予防のため,それまでの犬に加えて猫・あらいぐま・きつね・スカンクが検疫の対象とされ,また,エボラ出血熱とマールブルグ病の予防のためサルが輸入検疫の対象として加えられたところである.現在,厚生労働省では,動物由来感染症への今後の対応について研究班を設置して検討を進めており,動物検疫所もこの検討に参加している.動物検疫所としては,家畜の伝染性疾病の予防による畜産の振興のみならず動物由来感染症の予防による公衆衛生の向上・推進までを視野にいれた的確な対応が求められている.
 5 手続きの迅速化要請への対応
 輸入手続きの迅速化に当たっては,税関等他の官署との連携が欠かせないことから,動物検疫所は,従来から税関との輸入手続きシステムの接続を進めてきている.今後は動物検疫所のシステムをさらに拡充・発展させるとともに所要の人員を確保することにより手続きの迅速化を引き続き図っていくことが必要である.

 諸外国における疾病の発生・流行状況については,予断が許されないものがあり,獣医学的知識・技術を活用してその侵入リスクを低減させていくための不断の努力が不可欠となっている.今後とも,関係機関,関係者のご支援とご協力をお願いしたい.