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私は海・山・川に挟まれた東九州の一地方都市で診療をしている.東京のK動物病院で5年間お世話になったが(明らかに症例数が多いにもかかわらず),そこでさえも遭遇しなかったような病気にも出会う.レプトスピラ,バベシア,東洋眼虫,珍しいところでは犬の胞状条虫などなど……その中でも11月から2月の狩猟の時期になると猪と戦った傷だらけの戦士が緊急で担ぎ込まれる.時には多数切られ,深夜2時,3時まで手術しっぱなしということもあり,決して東京では経験できないことである.猪の牙による切傷は血管や神経や,中には骨までもメスで切ったような状態もある.時には,肺や腸がはみ出していることもある.中でも一番気を付けないといけないのは牙の刺傷である.傷は針で突いたぐらい小さいのだが,胸部などでは開胸すると肺から空気が漏れていたり,中で大量に出血していたりする.また,会陰部付近では尿道の断裂等による尿路変更を余儀なくされることもある.切傷も刺傷も,ぬた場の泥や木の屑(ゴソといってるが)や毛が大量に入っている.もちろん,教科書的なアプローチ場所なんてない.それをできるかぎり洗浄し,修復していくといった手術になる.そういった中で,最近もっともすごかった症例について紹介する. 症例は,猪猟の際,誤ってオーナーの跳弾を受けたものであった.左の肩から入った銃弾が,体を斜めに縦断するように右大腿骨頭付近で止っていた.出血もショック状態もひどく,「駄目かもしれません」と伝えると,「駄目というのは見れば分かるから,ダメモトでやってみて」といわれ,輸血,点滴,調節呼吸下で弾創に沿ってまず開胸し,肺葉3枚の弾痕を焼洛し,横隔膜の弾創を縫合,脾臓摘出,胃の創面を縫合した.幸い肝臓の出血は止っていたので,銃弾が貫通した腸管(全部で穴が10箇所)を縫合し,子宮の右側を体部より切除して,銃弾の摘出はあきらめて腹膜を縫合した.その間,麻酔には耐えてくれ,後は術後カチカチ君(死んで硬直することを私はこう呼んでいる)にならなければ…….3日間の点滴暮らしが過ぎ,いよいよ食事を開始したが,食欲もあり,特に消化器症状もなかったので無事退院させた.8カ月後,その飼い主が7頭の子犬をワクチン接種に連れてきた.なんと,あの跳弾の犬が左側の子宮だけで出産した子供たちであった.この瞬間の感無量といったら,もうたとえようもなかった. 銃弾の傷は,非常に直線的かつシャープで,なおかつ毛は巻き込んでいるが,熱を帯びた玉であるため,組織のダメージに比べ,感染が少なかったものと推察される. 科学者の端くれが,こういういい方をするのはいかがなものかと思うが,この症例に関していうと,技術云々ではなく,犬の持っている生命力と,一番大きいのは運ではないかと身をもって感じ,都会では味わえないよい勉強をさせてもらった症例であった. |
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