資  料

米国東部における先進的バイオ産業の動向と獣医学部の現況


福岡県アメリカバイオ産業調査報告から

藏内勇夫(福岡県議会議長,(社)福岡県獣医師会長)

 本年4月21日から,杉岡洋一前九州大学総長はじめ白石勝洋久留米市長ら一行23名でバイオ産業の拠点であるアメリカ東部を訪問した.目的は,福岡県がバイオ産業集積の拠点形成を目指す「福岡バイオバレープロジェクト」推進の参考にするためで,世界最先端のバイオクラスターを有するアメリカ東海岸における先進的な取り組みを調査することにあったが,同時に獣医学部の現況を視察したので,以下にその概要を報告する.

 1.コロンビア大学ビジネステクノロジーセンター
 
 1995年に設立された,コロンビア大学総合病院に隣接するベンチャー企業のインキュベーション施設である.大学病院との共同研究が行える利点を活用して企業が17社入居しており,大学の臨床データをもとに検査薬,遺伝子解析,新薬の開発などバイオ関連ベンチャー企業が活発に研究活動を実施していた.

コロンビア大学ビジネステクノロジーセンターにて
(向かって左が松家福岡県新産業技術振興課長,右が筆者)

 2.ノースカロライナ州立大学獣医学部
 
 ノースカロライナ大学の西に位置する74haのキャンパスを有し,米国中西部の畜産研究の中心となる研究機関であり,その研究ポテンシャルの高さでは全米のトップ5に入る.
 獣医学部の学生数は1学年80名で,4学年で約300名,修士・博士課程の約200名を合わせるとほぼ500名である.教授陣は180名,スタッフは200名で,おおむね学生と教員の比率は2対1である.日本の獣医学系大学は,この比率がおおむね5対1であることから,ノースカロライナでは教員のきめ細かな指導が受けられることが伺える.本大学は,ノースカロライナが得意とする農業(畜産)関連と臨床のバイオ系基礎研究機関であり,4つの基礎研究部門(臨床科学,家畜衛生および資源管理,微生物学・病理学および寄生虫学,解剖および生理学)を有し,ここから得られる研究成果はノースカロライナ州立大学で集約,権利化され,州として産業化する仕組みを作っている.なお,山口大学出身の齋藤弥代子先生(獣医学博士)が本学の客員教授として活躍されていた.

ノースカロライナ州立大学獣医学部にて
(ニール・オルソン副学長(中央)を囲んで,向かって右から3人目が齋藤弥代子先生)

 3.タフツ大学獣医学部
 
 ボストンから西に50km離れた地域に237haの広大なキャンパスを有し,150年の歴史を持つ全米屈指の私立大学である.
 マサチューセッツ州の要請で,同州から敷地の提供を受けて1978年に設立された.学生数は1学年80名で,4学年の合計は約320名,教授陣はフルタイムが76名,スタッフは300名である.カリキュラムは前半の2年間は講義と実験実習が中心でバイオメディカル・サイエンスを学び,後半の2年間は臨床で,野生動物センター,水族館等で経験を積んでいる.
 米国の獣医学部は大半が州立で,私立大学で獣医学部を所有する大学は3校のみである. また,維持運営には経費がかかることから,すべての獣医学部はそれぞれの州政府から補助金を受けており,ちなみにタフツ大学ではマサチューセッツ州政府から年間500万$の補助金を得ているほか,国立衛生研究所(NIH)等よりも補助金の交付を受けている.
また,獣医学部は比較的新しく設立されていることから資金面が苦しいので,外部より収入を得るべく起業家精神に富んでおり,そのため従来のカリキュラムに加え新薬の開発など,フロンティア的な開発に力を入れている.
 なお,ご説明をいただいたマクマナス副学部長とは,医学部や他の学部との連携交流や「ヒューマン・アニマルボンド(われわれの周囲にいる動物はペットではなく,コンパニオンという考え方)」についての議論に花が咲いた.

タフツ大学獣医学部にて
(向かって左から中島副知事,筆者,フィリップ・サーシュ学部長,ジョセフ・マクマナス副学部長)

 4.ボストン大学バイオスクエア
 
 ボストン大学とボストン大学メディカルセンターによるバイオ企業との共同研究のための「バイオテクノロジービジネスパーク」である.
 特徴は,大学内の主要研究施設の利用を可能にしているほか,ビジネスパークで研究を行う企業関係者が大学で講義を受けたり,大学院生が企業の研究支援を無料で行うなど,入居企業への支援活動が活発に行われている.
 なお,ここは都市型の研究開発拠点(COE)として位置づけられており,1980年には産業界と大学を結びつけるためのコンセプトが作られ,大学と企業が雑居している.また,官民の共同体が発生しやすい土地柄から,産業界と柔軟な協力関係や大学と病院の技術移転を促進するための教授や専門家と企業とのマッチングが図りやすい環境にある.

ボストン大学バイオスクエアにて

 5.マサチューセッツ工科大学(MIT)技術移転室
 
 MITでは,これまでに1,000件を超える特許を取得している.過去5年間では,毎年100件以上の特許を取得し,60〜100件のライセンスを供与して,年間25件が創業している.これらは大部分が独占的協定であり,企業は特許の使用権を与えられるかわりに製品の開発を行うことが求められている.
 また,ライセンス供与による特許権の使用料は将来の研究に使われ,さらなる発明のインセンティブとして発明者に支払われている.
 なお,教員は2,300名,職員と学生はほぼ同数の約10,000名(うち大学院生が60%),資金は年間4億$で,その75%が連邦政府,23%が企業,2%が財団から支出されている.

 6.む  す  び
 
 今後,バイオ産業の市場としては新薬の開発や農業・畜産分野が中心となることが予想され,本県としてもこの分野の研究開発に力を注がなければならないが,今回の米国バイオ産業の調査をつうじて,その規模・質ともに現在の日本との間に大きな格差があることを痛感した.
 とくに,米国においては生命科学等のバイオ技術分野で獣医学部の果たす役割は想像以上に大きい.また,新薬の研究開発等で欠かせない臨床試験については獣医学の知識・技術が大きくかかわっていることを目の当たりにして,本県のバイオ産業発展には獣医学部あるいは獣医学系大学の存在が必要不可欠であると思われた.

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 最後に,今回の調査に同行された杉岡洋一前九州大学総長は,「是非とも九州大学に獣医学部が必要である.」と改めて認識され,杉岡氏が会頭を勤める2003年の日本医学会総会では,医学と獣医学に関するテーマを設けたい意向であることを付記する.
平成14年4月30日 藏内勇夫

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