I 改正の経緯
平成13年12月3日環境大臣から中央環境審議会に対し「犬及びねこの飼養保管に関する基準の見直しを含めたペット動物の飼養保管に関する基準の見直しについて」の諮問があり,同日付けで同審議会動物愛護部会(部会長竹内 啓東京大学名誉教授)に付議され審議されることとなった.
これは,諮問に先立って平成13年3月19日に開催された中央環境審議会動物愛護部会において,動物の保護及び管理に関する法律が平成11年12月に改正され,翌年12月に施行されたことに伴い,同部会で当面の取組みについて協議した結果,まず,今回の法改正の主要な趣旨となっていたペット動物をめぐる社会状況の変化への対応,飼い主責任の強化の要請に最も関係が深く,また,現在定められている動物の飼養及び保管に関する基準のなかで最も古い「犬及びねこの飼養及び保管に関する基準」の見直しとその他のペット動物を含めた飼養及び保管に関する基準の検討,策定について着手することが了承されたことを受けたものである.
ちなみに,法律第5条は動物の所有者又は占有者の責務として,動物の適正な飼養,保管に努めなければならないと定めており,その第4項において「環境大臣は,関係行政機関の長と協議して,動物の飼養及び保管に関し拠るべき基準を定めることができる」としており,この規定に基づき現在,犬及びねこの飼養及び保管に関する基準(50年総理府告示),展示動物等の飼養及び保管に関する基準(51年総理府告示),実験動物の飼養及び保管等に関する基準(55年総理府告示),産業動物の飼養及び保管に関する基準(62年総理府告示)の4つの飼養,保管基準が定められている.
また,新たな基準の検討に当たっては,犬,ねこ以外のペット動物や生態観察を目的として飼養する動物も包含させた一本化した基準とすることをはじめとして,飼養開始に当たっての配慮,飼養者の適正な飼養,保管の責務の強化,ねこに関する基準の見直し,飼養動物の多様化への対応,学校・福祉施設等における適正な飼養,保管,生物多様性注)保全に配慮した飼養,保管等の検討を基本方針とすることとした.
検討は,地方自治体行政担当者,動物関係の学者,獣医師等の専門家による検討会が設けられ,動物愛護部会で了承された基本方針に沿って,基準の具体化にむけて6回にわたる検討が進められた.
また,その過程において全国動物管理行政主管課長会議の場や動物愛護団体関係者から,意見,要望を聞くなどした.
それらを踏まえてまとめられた「家庭動物等の飼養及び保管等に関する基準」(素案)は平成14年2月12日開催の中央環境審議会動物部会に付議され了承された.
そして,この素案はさらに広く国民の意見を聞くため,2月15日〜3月14日の1カ月間,環境省のホームページ上で開示され,パブリックコメントの募集が行われるとともに,並行して関係省庁との事前の協議が行なわれた.
このような経過のもとに策定された最終案は平成14年3月22日開催の動物愛護部会において了承され,同日付けをもって中央環境審議会長より環境大臣に答申された. |
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注)生物多様性とは,地球上の生物の多様さとその生息環境の多様さをいうもので,生態系は多様な生物が生息するほど健全であり,安定していることから,この生息多様性の保全を図るため1992年「生物の多様性に関する条約」が採択され,わが国は1993年5月同条約を批准しており,平成14年3月27日これに関する国の施策の基本方針と取り組みの方向を定めた新「生物多様性国家戦略」が去る「地球環境保全に関する関係閣僚会議」において決定されている. |
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II 新しい基準の対象動物,名称,現行基準の一本化
1 対象動物
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この基準の対象動物は哺乳類,鳥類,は虫類に属する動物で,愛玩動物又は伴侶動物として家庭等で飼養,保管されている動物並びに情操の涵養及び生態観察のため飼養保管されている動物とした. |
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2 名 称
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この基準の名称は,新たな基準の対象とする動物に照らして「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」とした. |
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3 基準の一本化
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対象動物に関係する以下の現行基準を新基準のなかに含め一本化した.
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「展示動物等の飼養及び保管に関する基準」の一般愛玩動物への準用部分 |
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「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」の当該基準で除外した生態観察を目的とする動物に係る部分 |
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III 新しい基準のあらまし
1 飼養に先立っての配慮
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この規定は本基準で新たに設けられたもので飼養者としての基本的責務を示したものである.
また,これまでの基準の対象者は現に動物を飼養している飼養者等であったが,この規定の対象者には,これから動物を飼養しようとする者も含まれている.
基準の一般原則には,家庭動物等の飼養者等はその動物の飼養保管に当たっては,愛情と責任をもって終生飼養に努めなければならないことが定められているが,飼養者のなかにはこれまで,ともすれば飼養しようとする動物の生理,生態,習性等に関する知識や理解が不十分なまま,あるいは,終生飼養の責務を果たすための将来的な諸条件,例えば家族構成,年齢,転勤,住宅環境など永続的な飼育の可能性を考慮しないで,衝動的に飼養を開始する者があり,これらが途中での飼育放棄,遺棄,虐待,不適正管理等につながっている例が少なからずみられることから,動物を飼養しようとする者はその飼養に先立って,これらに関する十分な知識の修得と飼育動物種の慎重な選択に努めると同時に,永続飼養の可能性をも考慮しなければならないこととしたものである.
特に,野生由来の動物を飼養しようとする場合にあっては,その飼養のためには特別な飼養,保管のための条件を整備する必要がある場合があることやその生理,生態等が未だ不明である場合,飼養困難になった場合には譲渡が困難である場合が多いことなどから,飼養に先立っては特にこれらのことについて慎重に検討すべきであることが規定された. |
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2 適正飼養,保管のための共通基準
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人と飼養動物との共生社会の実現を目指し,動物の健康,安全の保持並びに適正な管理の推進を図るため飼養者の責務として以下のような規定が新たに追加,改正された.
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(1)所有の明示
これは,改正動物愛護管理法で新たに規定された動物の所有者明示の規定が適切に実施されるよう定めたもので,動物の種類や生理,生態に即し,また,脱落,消失しにくいなどの耐久性・安定性のある識別表示方法によることとし,そのための具体的方法として名札,脚環,マイクロチップなどが例示されている.
これにより,飼養者としての責任の所在を明らかにし,また,動物の逸走時の発見等を容易にしようとするものである. |
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(2)適正な飼養数
近年,動物の多頭飼養に伴う近隣の迷惑,被害等が多発し問題化していることから,飼養する動物の適正数の考え方を示したもので,所有者等はその飼養する動物の数を,適切な飼養環境の確保,終生飼養の確保,及び周辺環境の保全に支障を生じさせないよう適切な管理が可能となる範囲内とするよう努めることとしている. |
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(3)繁殖制限
繁殖制限については,これまでの基準に代えて,所有者はその飼養動物等が繁殖し,数が増加しても終生飼養の確保,または適切な譲渡が自らの責任で可能であると見込まれる場合を除き,原則としてその動物について去勢手術,不妊手術,雌雄の分別飼育等の繁殖制限の措置を講じることとし,これまでの『繁殖を希望しない場合』としていた繁殖制限の実施の要件を,より強化し所有者の責務を明確にしている. |
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(4)動物に起因する感染性の疾病対策
改正動物愛護管理法において,所有者等の責務として,動物に起因する感染性の疾病について正しい知識をもつように努めなければならないことが規定されたが,基準ではこの点を踏まえて,所有者等は,これに関する正しい知識の修得に努めるとともに過度な動物との接触を避けることや手指の洗浄,消毒の励行,さらに自らの感染だけでなく他の者への感染の防止にも努めること等の内容が盛り込まれている. |
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(5)逸走の防止等
逸走の防止等については,対象動物の拡大を踏まえて,これまでの人への危害,財産の侵害防止,飼養動物自体の保護上の問題だけでなく,特に外来の野生由来種については逃げ出した場合の生物多様性保全上の影響を考慮して,飼養者の責任において対処すべきものとし,逸走防止のための措置や逸走した場合の速やかな捜索と捕獲等に努めなければならないことなどが定められた. |
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3 犬の飼養,保管基準
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犬の飼養,保管基準については,共通基準を適用するもの以外の基準として,現行の「犬及びねこの飼養及び保管に関する基準」を継承しつつ,放し飼いの防止,係留,運動時の注意,しつけおよび訓練,譲渡などの規定について必要と思われる部分について見直し,修正をしたものである.
このなかで,しつけ及び訓練については,現行の基準では危険防止の観点からのみ規定していたものを,飼養に関する迷惑事例の大きな部分を占めている糞害の防止のためのしつけについてもその対象に含める趣旨から「犬の所有者等は,適当な時期に,その飼養目的に応じ,また,人の生命,身体,財産に害を加え,又は人に迷惑を及ぼすことのないよう,適正な方法でしつけを行うとともに特に所有者の制止に従うよう訓練に努めること」とした.
また,譲渡に関する規定については,犬の問題行動の予防には十分な社会化が必要であることから,新たに子犬の社会化への考慮を盛り込むこととし,「犬の所有者は子犬の譲渡に当たっては特別の場合を除き離乳前に譲渡しないようにするとともに,その社会化が十分に図られた後に譲渡するように努めること.また,譲渡を受ける者に対し,社会化に関する情報を提供するように努めること」としている. |
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4 ねこの飼養,保管基準
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ねこの飼養,保管基準については,犬と同様に共通基準を適用するもの以外の基準として,現行の「犬及びねこの飼養及び保管に関する基準」を継承しつつ,修正を加えたものである.特に,ねこの健康と安全の確保,あるいは,適切な繁殖のコントロールによる行政での引き取り数の抑制,迷惑被害の防止等を総合的に推進するための現実的な飼養,保管の方向性として,[1]周辺環境に応じた適切な飼養,保管することにより,人に迷惑を及ぼさないように努めること.[2]ねこの健康,安全の観点からの屋内飼養に努めること.[3]ねこを外飼いする場合は,原則として去勢手術,不妊手術等の繁殖制限の措置を行うよう努めることとするほか,譲渡に関する規定については,犬の場合と同様に子ねこの社会化への考慮を盛り込んでいる. |
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5 学校,福祉施設等における飼養,保管
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学校,福祉施設における飼養及び保管については,社会的に果たしている役割が高まっていることと法改正時の国会の付帯決議等を踏まえて,これまでの規定の見直しを行なったもので,学校,福祉施設等における動物の飼養,保管について,管理者は獣医師等十分な知織と飼養経験を有する者の指導のもとに,この基準の各項に定める事項について適切に行われるように努めなければならないと定められた.
この規定について一部には,このような規定が新たに設けられ厳格に適用されると,学校から飼育動物が閉め出されることにならないかといった声や,反面,学校等の施設で飼われている動物が劣悪な環境におかれていることや飼養者や管理者が動物に対する理解,意識が低いことなどを挙げて飼わせるべきではないといった声があった.
しかし,これに関する規定はもともと,動物の適正飼養を図ることを目的としてこれまでも実験動物並びに展示動物等の飼養,保管に関する両基準のなかに含まれ,準用されていたものであり,その点を踏まえ,さらに,現実に各地で獣医師を中心に取り組まれている適正飼養に向けての改善の努力事例を十分に参考にして新たな規定を設けたものである.
なお,この基準は動物の愛護及び管理に関する法律第5条にもとづき定められているもので,動物の飼養者等の動物飼育上の指針を示したもので罰則のない努力規定を内容としているものである. |
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6 野生動物の捕食,在来種の圧迫等の自然環に配慮した飼養,保管
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新基準には新たな事項として,[1]野生由来の動物の飼養に当たっては,慎重な飼養判断と必要な条件整備を求めるとともに,ひとたび逸走等により自然生態系に移入された場合,生物多様性の保全上の問題が生じる恐れが大きいことから飼養者の責任は重大であることを十分自覚する必要があること,[2]所有者等は動物の逸走,放し飼い等により野生動物の捕食,在来種の圧迫等の自然環境保全上の問題を生じ,人と動物との共生に支障が生じることがないよう十分な配慮をすることとの規定が設けられた.
これは,今日,わが国における生物多様性保全上の重要な問題点の1つとして,ペット化された外来移入動物の遺棄,逃亡などによる生態系への影響が挙げられていることによるもので,この視点からのペット動物の適正な飼養管理に対する飼養者責任の強化が求められている.
これまでの動物愛護と管理の取組みは,動物の虐待の防止と人の生命,身体財産に対する侵害の防止をその直接目的として行われてきたが,ここに生物多様性の保全の視点をとりいれた取り組みを通じて自然と共生する社会の実現という,新たな面での果たすべき役割が期待されることとなったといえよう. |
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IV 今後の課題
環境省がこのたびの基準策定に際して行ったパブリックコメントに寄せられた意見,要望の総数は227通,内容別には627件にものぼっている.
このことは,ペット動物に対する国民の関心の高さを窺わせるもので,今や,ペット動物は単なる人の愛玩用ではなくなっており,社会のいろいろな分野で人との重要な関わりをもつ社会的存在となりつつあることを示しているといえよう.
今後さらに,ペット動物が社会全体に広く認められ,人と動物が共生できる社会を実現していくためには,このたび策定された基準をいかに末端まで浸透させ,実行されるようにしていくかにある.そのためには行政に期待するところであるが,それと併せて獣医師の社会的役割も益々大きいものとなっている.
新基準は,飼養者に対し飼養開始前の動物の生理・生態・習性の考慮,動物由来感染症に係る知識の修得,所有者の明示のためのマイクロチップの埋め込み,犬・ねこの社会化への配慮,繁殖制限措置の一層の推進,学校・福祉施設等における飼養保管動物に対する獣医師等による指導等の規定を新たに設けており,これらを具現していくためには,地域において指導的立場にあり,かつ,動物に関する専門知識を有する獣医師による犬,ねこ等の愛護動物の診療や保健衛生指導を通じての協力が不可欠である.
動物愛護と管理の分野における獣医師の社会的役割を改めて認識し,地域における斯分野の新たな取り組みと展開が望まれる. |
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