紹  介

東京都獣医師会北多摩支部からの学校獣医師取り組みの広がりについて


中川美穂子(東京都獣医師会会員,日本小動物獣医師会学校飼育動物対策委員会副委員長)

 

 現在,開業獣医師は動物の飼育者と向き合っている.しかし,社会で動物を飼育している人はまだ少数派であり,多くの人は動物を知らず,獣医師を知りえない.しかし,各地で小学校などの教育施設に対し,獣医師会のサポート体制が確立できれば,子どもの成長を助けるだけでなく,すべての国民に対し獣医師が貢献でき,将来は現在よりもっと大きな社会の基盤をつくれるでしょう.その意味で学校飼育動物対策は,狂犬病予防対策とともに,獣医師会が直接に社会に関わる事業として大事に育てるべきものと考えます.
 ところで,現在,この問題に一番大事なことは,会員にとって「何故関わらなければならないか」という目的と,「どのように関わるか」の方法を理解してもらうことでしょう.以下の経過を見て,この分野は獣医師の使命であると思っていただけたらと思います.実際,われわれ獣医師以外にはできえない分野であり,われわれ獣医師が放置してはならない責務と考えます.

 

1.北多摩支部学校飼育動物部会
 
 東京都獣医師会北多摩支部に学校飼育動物部会を設け活動を始めたのは昭和57年夏のことであった.当時,会員の病院には時々小学校から主にウサギが児童によって担ぎ込まれる事例がよく見られていた.すべてウサギ同士の喧嘩による化膿創とそのための敗血症であった.子どもたちは,教師に訴えても病院で診てもらえない瀕死のウサギを教師に内緒で担ぎ込んできた.そのことに心を痛め,当時小学生を子に持つ親であった会員が中心となって急遽,北多摩支部としては管内6市(保谷市,田無市,小平市,東久留米市,清瀬市,東村山市)の教育委員会に対し以下の支援活動事項を申し出て協力を求めた.
  (1)学校における飼育に関する相談窓口の設置
   相談料は無料.手術などの高額治療は事前に相談のうえ対処する.このための相談依頼書を配布する.
  (2)飼育指導のため,毎学期,飼育法,習性,エピソードを書いた小冊子「動物通信」を対象教育施設に教育委員会を通じて配布する.

  なお,この活動を始めるにあたり,特に会員の藤本晋平氏は,社会的に理解される目的が必要と話され,われわれは「健全な飼育が児童の健全育成の一助になるように」支援することとした.活動の中心となる会員が子を持つ親たちだったため,目的がすんなり決まったと思う.
 また,(2)の飼育指導のために配布する小冊子について,2カ月の間に当時の小学校の教科書に出ている動物を藤本氏が調べ,その動物ごとに各員が原稿を提出した.それを筆者が編集,加筆し,支部の予算で毎学期対象施設と獣医師会員向けに作成した.その小冊子に毎回相談依頼書をはさみ,市の教育委員会が施設に配り,コピーするように伝えておいた.
 昭和57年より4年間の北多摩支部内の相談受付実績を表1に示す.
 前2年と後の2年を比べると受付総数が減少しているように見えるが,無料診療に疲れた支部会員が報告をしなくなったためであり,ほとんどの件数,内容ともに変化がないといえる.また,この後は実績を表す資料は集まらなかった.これは,獣医師が組織としての学校を見ずに治療だけを行っても状態は改善されないという疑問をあらわしている.
 平成2年,小学校に生活科が始まるときに保谷市獣医師会が,教育委員会の学校教育部長に直接この8年間の過程を説明したところ,無料診療では資料も集まらないのは当然と謝罪し,すぐに年間の治療実績に見合う事業費を予算化して平成3年から公立小学校の飼育動物に対し,治療と飼育指導を行う委託契約を結んだ.これが自治体と地元獣医師会との初めての飼育支援事業であった.飼育指導については初年度に講習で,平成4年から志望校を訪問して行ったが,現在すべての学校が訪問指導を希望しており,学校との信頼関係ができている.また,訪問活動の効果で,現在治療件数は減少している.
 なお,最近は生活科や総合,飼育委員会などの授業や活動に直接獣医師が関与している.将来ある子どもを導くのは,獣医師にとっても楽しく,心に響く時間となっている.
 また,平成4年からこの連携は北多摩支部内の小平市,東久留米市,田無市,清瀬市に波及し,各地で学校の評議委員になったり,入学式などの行事に来賓として招待される会員が見られている.また小平市立第十五小学校では学校要覧の校医の欄に学校獣医師が名前を連ねており,文部科学省の宮川視学官が視察した時,その校長の英断を絶賛した.なお,この獣医師の学校への関わりは江戸川区,八王子市,新潟市など各地に広がっていった.

 

2.全国への広がり
 学習指導要領の見直しの平成10年度初め,筆者が文部省の生活科の嶋野教科調査官(現視学官)の導きで小学校課長に学校飼育動物の現実「全国で獣医師が学校動物の状態を見かねて無料で診療しているが,いくら個人的に努力しても学校の現実は改善されない.是非,地元の獣医師を学校獣医師として活用して欲しい」と,当時地元獣医師会と連携している自治体の実例を報告した.文部省はこの獣医師と学校の関係を大事にしたいと方針を決め,その後全国で行う講習会に,嶋野視学官,宮川視学官,また日置教科調査官などが協力してくれている.筆者が関わった学校飼育動物講習会は近く70回を超えるが,彼等と一緒の講演会は20回近くになる.また平成13年2月,文部科学省は道徳教育の全国シンポジウムに筆者をシンポジストとして招請した.これは文部科学省の「この学校獣医師制度は社会にとって必要なこと」との見解を示しているものである.
 現在,群馬県獣医師会や各地の獣医師会のご努力があり,社会的に学校飼育動物が話題になり自治体と獣医師会との連携は増加している(図参照).特に群馬県獣医師会のふれあい教室活動を見学した文部科学省の方々はたいへん興味を示し「獣医師の活動は治療より,子どもに直接話し動物を扱ってみせることにある」,「生命を扱う獣医師は素晴らしい人たちだ」といい,獣医師の教育への影響を認めている.

 

 

 

3.全国で行われている自治体と地元獣医師会の連携
 現在,地元獣医師会と連携して飼育支援事業を行なっている自治体を表2に掲載する.古くからの連携事業では,治療費を自治体が補填するだけの形が多いが,活動内容についてわれわれは,北多摩支部などの先進の経験から次のようなガイドラインを示している.全国の最近の連携例はほとんどこの形を基礎にしている.
  (1)連携の活動ガイドライン
ア. 獣医師が関わる目的:子どもが動物とふれあいを通じ,心の成長を助けるような飼育の実現に向けて学校を支援する.人と動物にとって心地よい環境管理法を伝える.
イ. 獣医師会が学校に関与する方法(学校獣医師制度の実際)
《1》 相談窓口を設ける.
   学校に「何時でも獣医師が見守っているとの安心感を与える」ため,学校担当獣医師(グループでもよい)を決める.電話やFAX,メールを活用する.
《2》 飼育指導を行う.
   学校を訪問して,動物の見方,飼育状況(施設と飼育法)改善助言と教師への飼育指導,衛生指導,動物との交流法について指導する.求めに応じて児童にも指導する.時に講習会を行う.
《3》 行政,学校との3者(またはPTAも加えて4者)協議の場を設ける.
   動物が児童の教育に真の意味で役立つように,学校飼育動物関連の事柄について毎年3者が協議し,共通の理解を得,活動の内容を検討する.獣医師のみが負担を負うとこの仕組みは維持できないので,それを避ける目的もある.
《4》 子どもへの語りかけ(群馬県獣医師会が確立した方法である.)
   現在社会の要請は,動物の飼育体験から子どもが「命の大切さ,思いやり,責任感など」よい教育的効果を得られるように,獣医師が子どもたちと教師に動物の見方,接し方,飼育方法,知識などを伝えることにある.そのため各地で獣医師は,飼育委員会のほか,生活科,理科,道徳,総合などの授業にゲストティーチャーとして「ふれあい授業」を展開している.子どもの心の成長には,専門家である獣医師が橋渡しをして動物と心のこもった交流をさせることが大いに役に立つのであり,これが本当の活動目的である.
ウ. 獣医師が学校に係わる根拠
《1》 生命尊重の教育の支援:平成14年完全実施の新学習指導要領の目的
   生きる力,豊かな人間性,社会性をやしない,生命観を培うため学校全体で教育を行う.また,地域と連携して専門家の協力を得て真の教育をする.教師はコーディネーターの役割を果たす.
《2》 平成11年5月に生活科の新学習指導要領の解説書(手引き)に「小動物の飼育に際しては,地元の獣医師と連携して動物を健康に飼い,また,飼育指導を受ける必要がある」と明記され,これには法的な力はないが学校獣医師制度の一つの根拠となる.
《3》 動物愛護法と家畜伝染病予防法との関係
   学校は,動物を愛護し,かつ衛生的に飼育しているとはいえない現実もある.また,指導要領の中では動植物という扱いをしている.そのため,いきなりこれらの法律の適用を学校に求めた場合,学校は動物を手放す恐れがある.つまり学校にとって飼育は必修ではなく,「法律があるので,動物愛護団体や行政機関が立ち入り検査をする」といわれれば,飼育しないで植物だけを扱う方がよいと考えるケースも出てくる恐れがあり,その結果獣医師の学校飼育動物への関わりが途絶えることにもなりかねない.
 行政機関は学校関係者と学校獣医師の関係を大事に扱い関係者間の信頼関係を十分に醸成したうえで,法律に適合する飼育管理がなされるよう誘導するべきと考える.

 

4.お わ り に
 各地で現在情熱的に学校にかかわり,子どもたちに接している獣医師が見られる.たとえば栃木県獣医師会では,彼等を理解し活動しやすいようにサポートしている.そのため佐野市から始まった連携事業も3年後の今年は近隣の8市町に広がった.
 県の獣医師会が,地元の学校のために活動しているこれらの獣医師たちを県レベルの事業に参画させ,一丸となって進めればこの活動は円滑に進みだすだろう.最近では,福井県,岡山県,奈良県,愛媛県などがよい例である.
 なお,文部科学省は学校飼育動物について,獣医師を頼りにしている.平成13年10月,この問題について矢野文部科学省初等中等教育局長に,《1》教育のために小学校で愛情を伴う飼育を確保する,《2》健全な飼育を確保するため学校獣医師を制度化する,《3》教員養成課程で人と動物の関係学を学ばせ,飼育の実習を済ませる,《4》獣医師養成過程で人と動物の関係学を学ばせ,学校への関与も使命であることを学ばせる,《5》小学校でレンタル動物の飼育をさせないこと,《6》文部科学省の飼育マニュアルの早期の発行,の6点の提案をした.文部科学省は,学校飼育動物について獣医師と視学官たちが一緒に活動しているのは望ましいことであるとの見解を示した.なお,文部科学省のマニュアルについては,文部科学省の担当官(獣医師)が平成14年3月に発行できると局長の前で言明した.
 今,学校飼育動物には新たな大きな動きが加わっている.今は社会への認知のため「各地の獣医師会が獣医師の良心を示し,地元の学校に寄りそうこと」が大事と認識している.
 なお,獣医師会の学校飼育動物対策の始め方,指導法などはすでに確立しており,またマニュアルもそろっていることを知っていただきたい.筆者は全国学校飼育動物獣医師連絡協議会を主宰し,文部科学省をはじめ県・政令指定都市の地方獣医師会,獣医師,教育者,行政機関,マスコミなど500人以上と情報を交換している.学校飼育動物については私を含め,日本小動物獣医師会の仲間も大変な努力を重ねて係ってきている.学校飼育動物についての質問や資料請求など,何でもお申し越しいただきたい.

参考文献:「学校飼育動物のすべて」中川美穂子,ファームプレス
HP「学校飼育動物を考えるページ」(キーワード:学校飼育動物)