行政・獣医事

BSE(牛海綿状脳症)の呼称に関する新聞報道について

 日本獣医師会では,牛海綿状脳症を「狂牛病」と呼ばず,BSEと呼ぶよう,プレスリリース(平成13年12月号973ページに既報)を行い,各マスメディアに呼びかけたところであるが,この要請を受けて,一般の新聞,テレビ等の報道においては,「BSE・いわゆる狂牛病」という表現が定着する等,配慮がなされているところである.しかし,例えばテレビのニュース等においては冒頭では「BSE」という表現を用いるものの本編ではいつのまにか「狂牛病」という呼称に戻っていることがあり,本件については,日本獣医師会としても,今後とも報道機関等に積極的に働きかけていく所存である.
 本会がプレスリリースを行って以降の,本件に関する新聞報道を以下に紹介する.

12月14日 毎日新聞夕刊

「狂牛病」の呼称やめ「BSE」に
日本獣医師会要望

 狂牛病(牛海綿状脳症)問題で日本獣医師会は14日,報道機関や日本新聞協会などに対し,狂牛病という呼称を正式病名の牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy)の英語表記の頭文字を取った「BSE」に改めるよう要望した.
 同会は,「BSEは精神の異常ではなく,中枢神経疾患で,狂という用語は病態を適切に表現していない.関連があると指摘されている変異型CJD(新型ヤコブ病)の患者の人権にもかかわるデリケートな問題を含み,不適切だ」と説明している.

12月15日 日本農業新聞朝刊

俗称使わないで,報道機関に要請
BSEで日本獣医師会

 日本獣医師会は14日,牛海綿状脳症(BSE)について「狂牛病」の俗称を使わないよう,報道関係機関に要請した.同会は「BSEは新しい病気であるからこそ(家畜衛生,食肉衛生の)専門家集団の立場から,適正な名称を使用するよう積極的に啓発する必要がある」とし,マスコミの理解を求めている.
 正式名称と俗称の関係について同会は,かつて「仮性狂犬病」と呼ばれかけた豚の伝染病疾患である「オーエスキー病」を例に,行政と獣医師が協力して正式名称に統一した経緯を説明した.
 さらに「狂という用語はBSEの病態を適切に表現していない」「変異型CJD(クロイツフェルトヤコブ)病の患者の人権にもかかわるデリケートな問題を含む」と提起.報道の影響を考慮し「呼称をBSEに改めてほしい」と要望している.

1月21日 北海道新聞朝刊

「狂牛病」の表記変更します

 北海道新聞社は,これまで「狂牛病(牛海綿状脳症)」と表記していた牛の病気について21日朝刊から,「牛海綿状脳症(BSE,狂牛病)」と変更します.見出しでは原則として「狂牛病」を使いません.(理由など詳細は6面の紙面フリートーク掲載しました)

1月21日 北海道新聞朝刊

紙面フリートーク(Q & A)
「狂牛病」は俗称で偏見助長する恐れ

 日本で見つかったBSE(牛海綿状脳症)について,北海道新聞は「狂牛病」という名称で報道しています.これは,俗称のうえ,精神障害者に対する偏見を助長する恐れもあります.日本獣医師会も「正式病名のBSEを使うべきだ」との見解を発表しています.北海道新聞も正式病名を使うべきではないでしょうか.
 (札幌市,40代,男性)

誤解を招かぬよう正式名を優先使用

 A 「狂牛病」に関する北海道新聞の記事は,加盟する共同通信が採用した「狂牛病(牛海綿状脳症)」の表記に従ってきました.
 しかし,狂牛病が俗称であることに加え,「消費者の誤解と不安を拡大しかねない」との日本獣医師会,生産者,読者からの指摘を重視し,北海道新聞は21日の朝刊から,「牛海綿状脳症(BSE,狂牛病)」の表記に改めます.見出しでは基本的に狂牛病を使いません.
  狂牛病の表記は,英国の農民などが俗称として使った「Mad Cow Disease」が始まりとされ,それを狂牛病と訳し日本でも使うようになったと,専門家は指摘しています.この病気は精神疾患ではなく,脳組織に空胞ができる神経中枢の病気であることから,世界保健機関(WTO)などの専門機関は,「Bovine Spongiform Encephalopathy(BSE)」の正式病名を使っています.
 昨年9月に国内初の感染牛が発見されて以来,各報道機関は「狂牛病」の表記を使っていますが,日本獣医師会は昨年末,<1>「狂」という用語はBSEの症状などを適切にに表現していない<2>BSEと関係があるとされる,新型クロイツフェルト・ヤコブ病患者の人権にもかかわる―として,狂牛病の表記をやめるよう日本新聞協会に求めました.全国農業協同組合中央会も,同様の申し入れを行いました.
 北海道新聞は,<1>国や道は正式名称の頭文字をとった「BSE」または,その訳語である「牛海綿状脳症」のみを使っている<2>畜産王国・北海道の地元紙が正しい病名を優先して表示することで,全国的な表記見直しのきっかけともなる―と判断し,狂牛病の表記はできる限り避けることにしました.
 北海道新聞は,昨年10月に始まった全頭検査の報道では,一次検査から二次検査に回った牛について,感染を決めつけるような誤解を避けるため「疑陽性」の用語は使わないなど,風評被害防止に努めており,今後も細心の注意を払います.


2月25日 毎日新聞朝刊

「狂牛病」を「BSE」に―表記変更

  毎日新聞社は,25日朝刊から,「狂牛病」の表記を,原則として「BSE(牛海綿状脳症,いわゆる狂牛病)」とします.BSEは牛海綿状脳症の英語表記の略称です.
 この病気は,異常なプリオンたんぱくが原因で,脳の運動中枢などが侵されます.精神の異常をきたしているわけではありません.広く用いられている「狂牛病」という言葉が,BSEの実態にそぐわず,誤解を与える恐れがあるため,表記を変更することにしました.

誤解,偏見避け変更―BSE表記に

 牛の脳に異常なプリオンたんぱくがたまって起きるBSE(牛海綿状脳症,いわゆる狂牛病)について,毎日新聞社は,これまで主に「狂牛病」の呼称を使用してきた.今回,その表記を変更するにあたり,BSEとは何か,なぜ,狂牛病の呼称が適切でないかについて,背景を説明する.

誤解を招かぬよう正式名を優先使用

◆BSEとは
 BSEは,正式な病名である「牛海綿状脳症」の英語表記「Bovine Spongiform Encephalopathy」の略称.「牛の脳がスポンジ状になる病気」という意味だ.
 BSEの牛は,異常なプリオンたんぱくが原因で,脳の神経細胞が空っぽになって死んでしまう.死ぬ部分には,運動を担当する部分が含まれるため,症状が進んだ牛はよろけたり,立てなくなったりする.
 ただし,最初のうちはこれほど目立つ症状はなく,不安そうな様子になったり,けいれんしたりする.これまでに日本で見つかったBSEの牛3頭は,全く症状がみられていない.
 BSEに詳しい山内一也・東大名誉教授は「牛は狂っているわけではなく,中枢神経が侵されているだけ.日本では狂牛病という言葉が一般化したが,精神病だとの誤解を招きやすい.BSEが人にうつると痴呆症の一種の新型ヤコブ病になるが,その患者への偏見を招く恐れもある」と指摘する.
 山内名誉教授と同じく,「狂牛病」の表記が消費者に誤解を与えかねないとの観点から,日本獣医師会,生産者団体で作る「BSE問題全国農業団体対策本部」,部落解放同盟中央本部は,日本新聞協会に対し,「BSE」という呼称の使用を要望している.

   
◆「狂牛病」の由来
 BSEは英語で「mad cow disease」とも呼ばれる.英国の農民が付けた俗称という.この俗称が直訳されて狂牛病になった.「cow」は牛,「diseades」は病気を意味する.
 「mad」はどうか.国立大の英語研究者(英語文体論)によると,精神異常の意味もあるが,取り乱した状態や,パニックに陥った状態を表すことが多い.「変なやつだ」という時にも使われる.厳密に精神異常を意味したい場合は「insane」という別の単語を使う.
 山内名誉教授によると,正式名称に「狂」の字が付く病気は「狂犬病」だけという.これは差別に対する意識が薄かった明治時代にできた訳語だ.狂犬病の英語名は「rabies」で,その語源をたどると,乱暴なとか,激しい怒りという意味になる.山内さんは「狂犬病は今さら変えようがないかもしれないが,BSEは新しい問題なのだから,差別につながる言葉は使うべきでない」と話す.

   
◆英国のメディア
 BSEの発祥地である英国では,インディペンデント紙やBBC放送など主な新聞,放送局は,記事の見出しでも本文でも,「BSE」という表現を使う.「mad cow」はほとんど見かけない.
 BBC東京支局によると,特に用語の決まりはないが,発生当初は,「mad cow」がよく使われていた.時間がたち,「BSE」という言葉に視聴者が慣れてきたこともあり,BSEが一般的になってきた.
 ただし,BSEは話し言葉としては硬い印象があり,今でも,ラジオの短波放送向けの原稿では「mad cow」という表現を使うという.