総   説

犬の天疱瘡自己抗体の標的抗原


ヒトの天疱瘡
 ヒトの天疱瘡の研究はおもにPFとPVについてよく行われており,今ではそれが患者血清中に含まれるDsgに対する自己抗体に起因することが判明している.ヒトではすでにPV患者が有する細胞障害性自己抗体の標的抗原はDsg 3で,PFの標的抗原はDsg 1であることが確認されている[1, 2].ヒトのDsgをバキュロウイルスで発現させた組換え蛋白をカラムに充填して,免疫吸着カラムにPV血清を通すと,約40%の症例で蛍光抗体法によって検出される表皮細胞表面への反応が失われる[5].しかし,組換え蛋白を熱,アルカリあるいは酸で変性させると,血清の反応を吸収除去できなくなることから,ヒトの大部分の自己抗体はconformational epitopeを認識するのではないかと考えられている[4].ヒトの天疱瘡の診断は臨床的,病理組織学的あるいは免疫組織化学的な所見に基づいて行われてきたが,現在では組換え蛋白を抗原として用いたELISA法が主流になりつつある[3].さらにNishifujiら[19]はリコンビナントDsg 1を用いたELISPOT法で,天疱瘡抗体産生B細胞数を算定し,それらがリンパ節B細胞中に多く存在することを報告している.

犬の落葉状天疱瘡の自己抗原の検出
 犬の天疱瘡は自己免疫性疾患と考えられているが,自己抗体が認識する標的蛋白の検出はいまだに十分ではない.しかし,犬の天疱瘡が発見されてから現在までさまざまな方法で自己抗原の検出が試みられてきた.

1)
免疫染色法
 犬の天疱瘡の自己抗体は,最初間接蛍光抗体法(IIF)における表皮細胞間物質に対する陽性反応という形で認められた[9].続いてManningら[16]は犬の舌を基質としてPF症例の33.3%に血中自己抗体を検出している.しかし,その後Scottら[23]により間接蛍光抗体法による自己抗体の検出率は1/6あるいは1/26とした報告がなされた.一方,Ihrkeら[11]は犬の口唇上皮を用いたところ9例中6例がIIF陽性であった.その他,14例のPF中IIFが陽性を示したものはなかったという報告もある[17].したがって,この時点では犬のPFの診断に循環血中の自己抗体の検出は重要ではないと考えられていた[24].しかし,90年代になり,Iwasakiら[12]は犬のPFに対するIIFの検出率を増加させるために基質の検討を行い,牛の食道を基質に用いると64.3%の陽性所見が得られたと報告した.また,Olivry[20]は犬の口唇粘膜を用いて100%の陽性率を報告している.これらのことから,犬のPFの自己抗体は表皮細胞間物質を認識することが明らかであるが,陽性反応はすべての症例に証明されるのではなく,自己抗体を証明できないPFも少なからず存在することも考慮させられる結果となった.
2)
免疫プロット法
 ヒトのDsg 1には天疱瘡抗体に対するシークエンシャルエピトープは少なく,コンフォメーショナルエピトープが多いとされるために,蛋白を直鎖状にして行う免疫ブロット法では陽性反応が得られないことが多く,したがって自己抗体の標的蛋白の検出にはおもに免疫沈降法が用いられる[2].免疫沈降法でヒトのPF血清を一次抗体に用いてヒトケラチノサイトと反応させると,150〜160kDaの蛋白が認識され,これはDsg 1に相当すると考えられている[2].また,ヒトPV患者血清を一次抗体に用いると,130kDaのDsg 3単独あるいは130kDa/160kDaの両者を認識する.したがって,免疫沈降反応からもヒトPF血清中の自己抗体はDsg 1を認識していると考えられる.
 一方,犬の自己抗体が認識する蛋白の分子量はSuterら[28],Iwasakiら[13]が免疫プロット法を用いて研究を重ねてきた.Suterら[28]はPF罹患犬の血清が犬口唇粘膜抽出液中の148kDaの蛋白を認識し,Iwasakiら[13]はPF罹患犬の血清を培養犬ケラチノサイト抽出蛋白と反応させ,160kDa,120kDaおよび85kDaの蛋白が認識されたことを示した(図8).このうち148kDaと160kDaの蛋白は,比較泳動度の違いはあるがおそらくどちらもDsg 1に一致するものであり,85kDaの蛋白はプラコグロビンである可能性もある.なお,1例のPVの犬血清と培養犬ケラチノサイト抽出液を反応させたところ130kDaと160kDaの蛋白が認識された[13].この130kDaの蛋白はDsg 3と一致すると考えられる.以上から犬のPFの自己抗体はおそらくDsg 1を認識し,PVの自己抗体はDsg 3を認識するのではないかと考えられる.
図8
 
図8
 落葉状天疱瘡の犬の血清と犬の培養ケラチノサイトを用いた免疫ブロッティング
 犬の培養ケラチノサイトを1.8mMの高Ca2+存在下で48時間培養した後,蛋白を抽出し,落葉状天疱瘡罹患犬血清を一次抗体としてウエスタンブロットを行った.症例8,16,17のレーンにデスモグレイン1に一致する160kDaにバンドが認められる.M:分子量マーカー,HPF:ヒト落葉状天疱瘡患者血清,8,16,17:天疱瘡罹患犬血清,NDS:正常犬血清
 
3)
リコンビナント蛋白を用いた方法
   Olivry[20]は,ヒトDsg 1細胞外ドメインから作製したリコンビナント蛋白を用いて開発したELISAシステムを用いて,ヒトDsg 1とPFの犬血清が反応したと最近報告した.一方,Nishifujiら[18]はバキュロウイルスを用いて発現させた大のDsg 1の細胞外部分のリコンビナント蛋白を作製し,この蛋白がヒトのPF患者血清と反応するもののPV患者血清とは反応しないことを確かめている.われわれの研究室ではこのリコンビナント蛋白を用いて現在PF罹患犬血清との反応性を検討中である.PFの犬血清中に含まれる自己抗体と反応する蛋白が表皮細胞間に局在し,その蛋白の分子量はDsg 1とほぼ等しく,ELISAでヒトDsg 1と反応することから,犬のPFの標的蛋白は,おそらくヒトと同じくDsg 1であろうという可能性はますます高くなっている.近い将来,犬のリコンビナントDsg 1を用いてPFの犬血清中の自己抗体を吸収除去させる反応により,犬PF自己抗体が標的とする蛋白が本当にDsg 1であるのが明らかになるであろう.しかし,この自己抗体が真に細胞障害性を有するかどうかを認識するには,さらにDsg 1 吸収後のPF罹患犬血清を用いた発症試験が必要と考えられる.
4)
犬の天疱瘡の自己抗原検索のもたらすもの
   自己抗原の検索は犬の天疱瘡の診断と治療に何をもたらすのであろうか.その一つとして自己抗体産生を伴う“真の”天疱瘡と,そうではない天疱瘡が明らかになる可能性がある.前述したように犬のPFはヒトと異なりPVに比較して発生頻度が高いが,中には他の自己免疫性疾患と関連するもの,抗真菌剤あるいは抗生物質の投与のみで治癒する症例が報告されており[8, 21],自己抗体が証明される頻度が低いことと相まって,自己免疫以外の原因で発症する“症候”としての天疱瘡が存在している可能性がある.犬のリコンビナントDsg 1を用いた自己抗体検出法が確立すれば,自己抗体産生を伴う自己免疫性疾患としての天疱瘡の診断が可能となるであろう.
 第二点目として,自己抗体が認識する蛋白が明確になれば,標的蛋白のどの部分に自己抗体が反応するかという免疫マッピング,自己抗体を産生するB細胞の検索,標的蛋白を用いた自己抗体の吸着療法あるいは自己抗体産生B細胞に対するミサイル療法などの新しい治療法が可能となる.

天疱瘡の発生部位と自己抗原(デスモグレイン)の分布について[6]
 PFの好発部位は通常鼻部,眼周囲,耳介,体幹,足底肉球など皮膚であり,粘膜に発生することは少ない.また,PVは通常,口腔粘膜,肛門,陰部など粘膜あるいは皮膚―粘膜移行部に発生し,皮膚が中心になることはまれである.このような発生部位あるいは好発部位の違いは何によって説明されうるものであろうか.この問題を皮膚あるいは粘膜中のDsgの分布から説明を試みた.
 130kDaのDsg 3および160kDaのDsg 1の両方を認識するヒトPV患者血清に,それぞれヒトのリコンビナントDsg 1蛋白あるいはDsg 3蛋白を反応させてどちらの抗体を吸収させ,Dsg 1あるいはDsg 3に対する特異的抗体を作製した.この抗体を用いて,体の各部位の皮膚あるいは粘膜組織に対する蛍光抗体法およびそれらの組織抽出蛋白を用いた免疫ブロッティングを行い,各皮膚および粘膜部位におけるDsg 1とDsg 3の分布を調べた.調べた部位は鼻部,肩部,腹部,背部,耳介および足底皮膚,粘膜は口腔,食道,気管,膀胱,肛門および小腸で,これらの組織の中では通常,単層上皮である小腸あるいは膀胱粘膜にはPFの病変は認められない.その結果,PFの好発部位である鼻部,耳介および足底ではDsg 1の分布が密であった.病変があまりみられない腹部,肩部および背部ではDsg 1の分布が少なかった.一方,粘膜におけるDsg 1の分布は口腔粘膜と肛門周囲では中等度で,食道では少なく,気管,小腸および膀胱粘膜では検出できなかった(図8).PVは粘膜病変が多いが,Dsg 3の分布は口腔粘膜および肛門では中等度に存在し,気管,小腸および膀胱粘膜では検出できなかった.また,PV症状の発現頻度が低い皮膚では,Dsg 3はすべて検出限界以下であった.
 以上のように天疱瘡の発生部位はヒト[26]と同様にDsgの表皮内での局在性および体の各部の皮膚あるいは粘膜における分布と密接に関連していると思われる.このことから,天疱瘡における好発部位は標的蛋白分子の分布によって説明できることになった.

ま  と  め
 まだ証明は十分ではないが,現在犬の天疱瘡と診断されている症例のいくつかは,おそらく上皮細胞間接着蛋白であるDsgに対する自己抗体を有する自己免疫性疾患である.しかし,現在の診断基準に照らし合わせたPF罹患犬血清には自己抗体が証明されることが少ないため,リコンビナント犬Dsg蛋白との反応性をもとにして“真の”天疱瘡とそれ以外の原因で起こっているものを鑑別する必要があるだろう.今後はこの原因解明とともに,免疫抑制以外の新しい治療法が開発されるであろう.

 本稿の執筆にあたり慶応大学医学部皮膚科西藤公司先生,岐阜大学大学院連合獣医学研究科関口麻衣子さん,同青木三代さんに感謝する.

参 考 文 献
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