【書 評】

「野生動物の研究と管理技術」

金川弘司((社)日本獣医師会副会長)
  本書は米国の野生生物学会が刊行した『Re-search and Management Techniques for Wild-life and Habitats』の全訳である.今から30年前の初版から数えて今回は5版目であるが,この30年間の米国を中心とした野生動物の研究と保護・管理技術に関する「スタンダート」と「マニュアル」が詳細に調査・研究・提示されており,それらを基に地球規模の生物資源の保護と管理を促進することに大きく貢献をしてきた.
 全体は28章からなり米国各分野の専門家81名が分担執筆をし,さらに各章を別の81名の専門家がレフリーとして再チェツクするという厳しい編集方針で,質の高い内容を維持してきた.
 米国野生生物学会では,本書がベストセラーになることを予知しており,卒業までに本書を入手しない大学生はほとんどいないだろうと自負をしている.
 この名著を,わが国におけるそれぞれの分野の第一線で活躍をしている専門家32名が分担翻訳をし,質の高い訳文に仕上がっている.21世紀は自然と環境の時代ともいわれ,その中で,野生動物の保護・管理が非常に大切になると考えられる.
 ちなみに,28章の中から獣医関連の主な章を拾ってみると,「野外研究における野生動物の適切なケアと利用のためのガイドライン」,「野生動物の捕獲と取扱い」,「大型獣の化学的不動化」および「野生動物の死因の評価」などなどである.
 本書は野外の現場で,実用性に優れた参考書になろうし,また,大学教育での教科書や各種の野生動物関連の研修の場でも最良のテキストとなることを確信する.

日本野生動物医学会・野生生物保護学会 監修
鈴木正嗣 編訳
A4判変形 926頁
2001年11月刊
本体価格 20,000円+税
発行 文永堂出版 TEL 03-3814-3321

「犬の気持ち,飼い主の疑問」

早崎峯夫(山口大学)
  いい本がまた1冊座右にふえた.先生は実に動物の心をよく読んでいる.開胸手術や開腹手術をいとも簡単にやってのけるのが一流獣医師ならば,動物のちょっとしたしぐさやわずかに始まっている症状を見抜いていち早く治療の先手を打つのも一流獣医師であろう.いや後者の方がより至難のわざで真の一流獣医師といえる.インフォームドコンセントの重要性は診断・治療の重要性と同じくらいの意味をもつ.飼い主の理解度に応じて,病気を分かりやすくそれでいて誤解のないよう正確に説明し,しかも飼い主が知りたがっていることを先読みして丁寧に説明してあげることは,獣医師の力量がもろに問われるところである.今はハード(治療)の時代よりソフト(健康維持)の時代であり,飼い主が獣医師に求めてくることは正しい飼い方,しつけ,栄養管理の指導に重心が移って来た.臨床家を志す学生諸君や若い勤務医の先生がたのみならず,病院を構えておられる先生がたも,この本によって,大先輩の知識と知恵に学ばれるとよい.
 先生は,肩書にみるようにフランス通である.いっぽうあまり知られていないかもしれないがツシマヤマネコの生態にも詳しい.また「あとがき」にあるようにネパールも詳しいようだ.長年の獣医臨床家としての見識の広さと造詣の深さは万人が認めるところであり,その温厚な人柄から多くの尊敬を集める獣医臨床界の大先達の一人である.

小暮規夫 著
B6判 230頁
2001年11月12日刊
定価 1,400円+税
発行 講談社 TEL 03-5395-3625

ビデオ「狂牛病/バイリンガル版 BSE(丸善)」

吉川泰弘(東京大学)
  1996年にBBC(イギリス)とWGBHボストン(アメリカ)が共同で製作したBSEに関する興味深い番組で,山内一也先生の監修で完訳され1997年にNHK BS1でも放映された「狂牛病/BSE」バイリンガル版が全2巻のビデオとしてこの度丸善より発売された.それぞれ50分のテープで,上巻は「狂牛病,病原体解明への道」,下巻は「狂牛病,スチーブンは感染したのか」という題名になっている.
 上巻では海綿状脳症のレビューから始まっている.パプアニューギニアでのクールーの疫学,伝播様式が迫力のある映像で伝えられている.そしてBSEの出現と,科学者がこの新しい感染症をどのようにとらえていたかを検証している.問題は「BSEの病原体は何か?」「BSEはヒトにうつるか?」「ヒトで大流行が起こるか?」である.このビデオの作成が1996年であるので,当時の英国の戸惑いがよく描かれている.
 スクレイピーの情報に基づいて書いた1988年の科学委員会のシナリオが,1990年ネコの海綿状脳症の出現,動物園での反芻動物や食肉類の海綿状脳症の出現により,崩れていく経過が描かれている.科学者がヒト型プリオンをもったマウスでBSE伝達実験をスタートした時点で,ヒトへの感染が疑われる新型のCJDが出現したこと示唆して上巻は終わる.なおプリオンの本質を解き明かしていくレトロスペクティブな説明も非常に判りやすい.1967年数学者のS. グリフィスがすでにスクレイピーの複製について,異常蛋白が正常蛋白を異常化する形で増殖する可能性を指摘した論文を書いているというエピソードは興味深い.
 下巻は1990年英国政府がCJD調査グループを発足させるところから始まる.弧発型CJDの特徴を説明した後で,1994年のスチーブン・チャーチルという18歳の青年の例が,まったく新しい変異型CJD(vCJD)であることを詳しく報告している.特に姉のヘレンが語るエピソードと「どうして私でなくスチーブンが病気にかかったのでしょう」という疑問は科学者にとっては重い問いかけである.
 1996年3月英国政府は海綿状脳症諮問委員会の報告を受け,BSEがヒトにうつる可能性が否定できないという世界中に衝撃を与える発表を行った.またBSEに対するヒトの感受性の差を明らかにする研究が行われ,プリオン蛋白の129番目のアミノ酸がメチオニンかバリンかの遺伝的多型にその可能性があること,感染牛の危険部位を特定する実験,ウシでの最小感染量を求める実験,感染のメカニズムを解明する研究などが克明に描かれている.しかし,この潜伏期の長い,種の壁を越えた感染症がヒトにどの位の被害を与えるかは推測できず,流行のピークは数十年先になるだろうという予測で下巻は終了している.
 上下巻ともに非常にセンセーショナルな内容であるにも拘わらず,一貫してドキュメンタリーで冷静なタッチで進行している.またスクレイピーからCJD,BSEに関する研究まで,多くの有名な研究者自身が各自の立場を主張する話の進め方は,ビデオならではの面白さがある.
 本年(2001年),わが国は複数頭のBSEが出て,メディアも国民もパニック状態を呈したが,BSEの最初の発生国である英国の経験に学ぶためにも非常に有益なビデオであり,タイムリーな発売であると思う.

全2巻セット40,000円
上下巻とも1巻20,000円(いずれも税抜き)
2001年11月発売
発行 丸善株式会社出版事業部
TEL 03-3272-0518