【読者の声】

今こそ「動物医学概論」の構築を!

狩野安正(日獣小動物委員会委員・群馬県開業)

  本誌2月号(Vol. 54,No. 2)に掲載された斉藤 博北里大学名誉教授の論説「エイズ薬害事件と獣医学」を拝読して,先人の偉業に心打たれるとともに,カネミ油症事件に先行して起きた鶏の「ダーク油事件」と水俣病発見につながった「猫の水銀中毒」を思い出した.
 獣医学が医学ではなく,獣医師の研究発表に対して医学的評価が得難い日本的不幸を指摘されたものと思われる.市井の一臨床家にすぎない小生であるが,斉藤名誉教授がいわれる「人・動物の生命を対象とする動物医学」に賛同する者として,またその早期実現を強く願う者として僭越を省みず私見を述べさせていただく.
 斉藤名誉教授は,中段で「獣医学は,農学でもなく,畜産学でもない」と述べられている.それでは一体獣医学とはどんな学問だと理解したらいいのであろうか.
 現在常識的に理解されている獣医学を分野別に列挙してみると,以下の6分野ではないであろうか.
 1.産業動物獣医学(生産獣医学)2.公衆衛生(獣医公衆衛生ではない)3.伴侶動物獣医学(小動物獣医学)4.野生動物獣医学(展示動物を含む)5.医用動物医学(実験動物獣医学)6.基礎医学.
 有畜農業(複合農業)の指導者として戦後の日本の経済発展(復興)を支え今日の日本の繁栄を築かれたのは,紛れもなく産業動物獣医師である.かかる業績については,褪せさせることなく後世に伝えていかなければならないことと確信するが,敗戦後の日本は,いわば異常な社会状況であり,その社会で活用されていた制度・社会機構もまた異常な時代の手法であったといわざるを得ない.21世紀は,もはや戦後ではない.今,日本の社会機構・社会理念全体が急速に変わろうとしている.国立大学の獣医系学科が再編されようとしているのも,かかる社会の要請を受けてのことではないであろうか.取りあえず大学人にとって住みやすいそこそこの学部を作ってから,徐々に充実すればいいという発想では,戦後の思考形態から脱却しているとは思えない.
  今こそ獣医学の本態,すなわち「概論」について議論しなければならない時期ではないであろうか.
 戦後の延長として農学系の獣医学を本態(または本流)として議論するようでは,非学問的であり,ナンセンス,時代遅れであることは明白である.
 本誌Vol. 53,No. 6〜8号に掲載された「わが国の獣医学教育の抜本的改革に関する提言(|)〜(|||)」では,明確に「動物医学」,「動物医学教育」と記述されている.前記の6分野をくくれる共通項は,斉藤名誉教授がいわれるとおり「人を含めた動物の医学」ではないであろうか.
 「けもの」という漢字に抱く日本人のイメージを変えることは不可能ではないであろうが,それには今後何世代もの長い時間が必要であろう.本誌3月号(Vol. 54,No. 3)論説で佐々木教授が提示されたご意見も,根本は斉藤名誉教授のご意見とまったく同じではないであろうか.
 獣医界の本流といわれる? 産業動物獣医学分野にも,天地返しのような変革が希求されている.
 すなわち,生産者の立場から畜産業の発展に寄与するだけではなく,消費者の立場から,すなわち国民の生命と財産とQOL(特に食の安全性)を守る立場からどうあるべきか,再構築しなければ社会にとって不必要なものとなるであろう.小動物臨床においても同様である. 畜産業の発展に第一義的に寄与しなければならない学問分野は,紛れもなく畜産学ある.獣医学ではない.斉藤名誉教授は,結語で「獣医学は,広く人・動物の生命を対象とする『動物医学』,『比較医学』の学問であることを踏まえた上で,その学問体系,また法的にも社会的にも,その位置付けを再構築すべきであることを強調したい.」ともいわれている.
 これ程はっきりした論説を,小生は初めて目にした.というより,何方かご高名な方が一刻も早く公言して下さらないかと一日千秋の思いでお待ちしていた.
 獣医学を「(人を含めた)動物の医学」と定義すれば,前記の6分野すべてが等しく本流となる.そして,この定義を元に作られた「動物医学概論」が必要である.
 「動物医学概論」が構築されてはじめて21世紀に相応しい,世界に通ずる動物医学教育が可能となり,われわれ獣医師が「動物の医学を専門とする医師」として社会から認知され得る素地ができるのではないであろうか.
 さらに,このような「動物医学概論」があってはじめて「動物医療概論」が作れる.両概論があってはじめて「動物医学倫理」,「動物医療倫理」が生まれるのではないであろうか.
 日本小動物獣医師会では,昨年の年次大会(千葉)で「獣医学概論の構築に向けて」を,また,本年7月の年次大会(大阪)では,第2段として,「わが国の獣医学教育の抜本的改革に関する提言」について開講した.
 (社)千葉県獣医師会では,昨年度会員の手による「獣医学概論諸説」を上梓し,全会員に配布している(ご希望の方には,有償で頒布していただけるそうである).
 今こそ,早急に新たな「動物医学概論」を構築して社会のコンセンサスを得なければならない責務を負っていると確信するが如何であろうか?