近年,獣医界において女性がその存在感を増している.企業においても労働人口に占める女性はすでに4割にも達しており,小泉内閣では5人もの女性閣僚が誕生する時代である.女性の社会的進出は,高学歴化傾向の定着とともに,職場での男女差別
を撤廃する目的で制定された「男女雇用機会均等法」が施行されたことに,大きく後押しされている.しかし,いっぽうでは働く女性は家庭・育児と仕事の両立というあいかわらずの課題を抱えながら仕事の最前線で頑張っていることも事実である.
最近,「獣医療を提供する体制の整備をはかるための基本方針」として農林水産省が公表したように,国民の豊かな暮らしと健康的な生活がより広く要請されるいっぽうで,高齢化・核家族化が進展し,国民のライフスタイルの変化とともに,動物愛護思想や自然環境保護思想が広く普及し,食品の安全性に対する意識も高まっている.このような背景のもと,獣医師の役割は多様化するとともに,その社会的要請も拡大している.そのため,専門知識の収集や技術を研鑽し,獣医師としての見識や技量
を高める必要に迫られている.日本獣医師会では,社会で活躍しているわが国のすべての獣医師のレベルアップを目指した自己研鑽,自己学習を支援するために,平成12年度から,獣医師生涯研修事業を実施している.その進め方の一つとして,獣医師生涯研修事業運営委員会が認定する日本獣医師会三学会等の学会,研修会,講習会等への参加などを掲げている.これは,獣医師の卒後生涯教育としては大いに期待すべき事業であろう.
ここで問題を提起したい.若い獣医師の約半数を女性が占めると考えた場合,子育て中の女性獣医師が相当数いるだろうことは容易に推察できる.彼女達が学会や研修・講習会に参加しようとする時,育児はどのようにしているのか.配偶者や知人等に面
倒を見てもらえる人はそれほど多くないであろう.結局は育児中であることが,拘束要因となって学会,研修会等の参加を断念せざるをえない,あるいは断念したという状況に追い込まれた女性獣医師・研究者は相当数になると思われる.女性獣医師の増加とともに,このことは個人の問題ではなく,いずれ社会的な問題になるであろうし,女性が獣医師として社会的進出を図ろうとする時の阻害となる.男女を問わず20代から40代にかけては,体力的にも精神的にも充実し,最も精力的に仕事をこなし,社会への貢献度が高い時期である.しかし,女性にとっては,育児に少なからぬ
労力と時間が費やされてしまう時期でもある.2000年4月,つくばで開催された日本獣医学会学術集会(担当学会運営事務局は,農林水産省家畜衛生試験場;現 独立行政法人農業技術研究機構 動物衛生研究所)では,わが国の獣医・畜産関連学会で,はじめて学会参加者のための保育室が小規模であるが設けられた.この保育室の設置について,運営執行部のなかでは当初反対意見が少なくなかったが,提案者である家畜衛生試験場を中心とした若い母親獣医師・研究者達の熱意と努力およびそれに動かされた運営事務局の理解が保育室設置を実現させた.大変意義深く快挙であった.学会参加者からは,育児室設置が非常に好評で,今後も獣医学会での継続的な設置が切望されているところである.わが国では,保育室が恒常的に設置され,子供の預け先を気にせず参加できる学会はごくわずかである.そこで,自己研鑽を目指す多くの女性獣医師が参加できるよう,三学会等の獣医師会関連集会が先駆けとなって,会場内に保育室を設置することができないであろうか.このことが実現し,それが当然という新しい世論を作り上げることができれば,日本獣医師会の卒後生涯教育を推進する上で大きな原動力となりうるのではないか.また,今後,構成獣医師の半数を占めることになるであろう女性獣医師が活躍しやすくなる環境作りを,獣医師会が支援することになれば,日本獣医師会がわが国における「男女平等参画社会の形成」にリーダシップをとりうる団体であると社会から認知されることになる.
最後に,多数の女性会員を擁している日本獣医師会の運営にあたって,女性の視点,問題点を提起,発言しうる理事等の女性役員が,いまだに一人も存在していないのは,いささか時代遅れの感がする.女性を尊重しない社会や職場は発展しないといわれている.これからは,女性の意思が反映される仕組みをいろいろな場面
において意識的に構築する必要があるのではないか.
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