例年新年の挨拶や年頭所感でその年の干支を引用する人は多い.しかし,今年の干支巳つまりヘビの引用は,例年に比し少なかったように思う.ヘビに関する諺や言い伝えが少ないからであろうか.そんなことはあるまい.古今東西,ヘビに関する神話伝説は山ほどある.素戔嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した話がわが国最古の文献古事記に出てくることは誰もが知ってる.西洋の古典旧約聖書には,地球最初の人類アダムとイヴが,エデンの園でヘビから禁断の果
実を食べるように誘惑された話があり,ヘビは悪の象徴とされている.いずれのヘビも人間の敵役で,ヘビにとっては迷惑な話であろう.確かに人間を含めて多くの哺乳類はヘビを怖がる.カエルにいたっては,ヘビに見込まれただけで不動金縛りになるという.しかしよく調べてみるとヘビは悪役ばかりを買って出てるわけではない.わが国の多くの池や沼の主は圧倒的にヘビが多く,しかもこれはほとんど神様とされている.特にアルビノのヘビ(白蛇)は幸運の神様とされている.鎌倉の円覚寺には,白ヘビがとぐろを巻いた上に弁天様が座している像がある.私が子供の頃ヘビの抜け殻を見つけると大事に持ち帰り,財布の中へ入れたり,欲しがる人に進呈したりしたものだ.いいことがあると信じた証拠である.ヨーロッパやアフリカの一部にはヘビをみるといいことがある,すなわち吉兆とする思想があるという.つまり,ヘビには嫌悪排斥と崇拝の二つの方向があるようだ.
新約聖書にはヘビのように賢くという言葉があるが,賢さだけでなく呪力のようなものも持つとされていたようで,魔術や医術の象徴にもなっている.WHO(世界保健機構)のマークにヘビの姿がデザインされていることにお気づきの方は少ないかもしれないが,われわれになじみの深いアメリカ獣医師会のロゴにでかでかとヘビがデザインされていることは多くの方がお気づきと思う.
フランスの文学者ルナールは,「ヘビは長すぎる」として,ヘビを忌み嫌う理由とした.しかしそれだけでこれほど嫌われることはあるまい.私はヘビに足がないことをその理由の一つに追加したい.足がないくせに地上を自由に移動できる.地上だけではない,地下,樹上,水中(水上)等,おそらく空中以外はどこにでも出没する.これは人間の常識に反する.悪魔か神でなければならない.
ところで,以前和歌山県の道成寺を訪れたとき,住職から寺にまつわる安珍清姫の話を聞いた.人が執念のあげく蛇体になるというあの話である.そしてこの物語は,娘道成寺として踊りにもなっているが,これは世の中不景気の時には必ず上演される踊りと聞く.そのココロは,最後には必ずカネが落ちる.
(子) |