昨年秋,大阪府立大学で開催された第百三十回日本獣医学会学術集会で,大阪大学の岸本総長が教育講演をされた.先生は,初っぱなに5千年前のエジプトの壁画のスライドを映しながら話を始められた.非常に印象的なイントロであったのでご記憶の方も多いであろう.スライドでは,片足が細く短い神官の絵が画かれていた.先生は「これは明らかに小児麻痺の後遺症である.すなわち5千年前にポリオがこの地球上に存在していたことを明白に示す証拠である」と説明された.そのあとの説明は省略するが,われわれ凡人が見ると単なる古代エジプトの壁画にすぎないものであっても,さすが専門家は見るところが違うなと感心したものである.
  似たような経験はかなり以前にもあった.私の恩師でもあり,世界の睡眠学の権威であるリヨン大学のジュヴェ教授は,フランス南部で発見された旧石器時代の遺跡であるラスコー洞窟の壁画を見て面 白い指摘をされた.指摘の対象は動物のそばに倒れている人物の絵である.先生は,この人物は男性で,死んでいるのではなく寝ており,しかも夢を見ている状態であると看破したのである.この壁画は有名で,たいていの世界史の教科書に載っているのでご覧になった方も多いであろう.もう一度ご覧いただきたい.倒れている人物の股間にある一物が見事に勃起している.すなわちこの人物が男性である証拠である.そして勃起状態である以上死んでいるわけではない.そしてこの先が重要な指摘であるが,この男性は夢を見ているのであり,まわりの抽象的な絵は夢の内容に違いないというのである.ジュヴェ教授は,世界で初めて夢見る睡眠が逆説睡眠(REM睡眠)であり,そのときの生理現象の一つにペニスが勃起することを報告した人である.
  このように,古い時代の絵画から面白い事実を発見できることもあるが,逆に,現代人が画いた古い時代の絵にとんでもない間違いがあることを見つけることがある.馬の絵などその典型であろう.NHKの大河ドラマで,合戦その他の場面 にでてくる馬は現在の馬を使わなければならないのでしようがないが,絵本や小説の挿し絵などでは正確に画いてほしいものである.当時の馬はあんなに大きくはなかったはずである.明治以来の国を挙げての馬匹改良計画で現在の体格まで来たものである.これは絵だけの問題ではない.古い講談等で,「アオよ」と馬の首を叩く状況を自分の頭より上で叩いてみせるのは絶対に間違いであろう. (子)