4.NOSAIの対応

  政府は噴火直後,「有珠山噴火非常災害対策本部」を設置決定.伊達市に「有珠山噴火非常災害現地対策本部」を設置し具体的対策を順次実施した.
  北海道獣医師会は,日本獣医師会との連携のもと,本部(札幌市)には「北海道獣医師会有珠山噴火災害動物救護対策本部」を,伊達市には,現地対応のため,北海道獣医師会胆振支部を主体とした,「北海道獣医師会有珠山噴火災害動物救護センター」をそれぞれ設置.救護センターは,産業動物関係と小動物・野生動物関係に分担し,産業動物関係はNOSAIいぶり西部家畜診療所が主体となって対応した.
  NOSAI団体も,噴火の危機が高まるとともに,いち早く組織的対応を講じた.NOSAIいぶりは「有珠山火山活動現地災害対策本部」に,北海道NOSAI(北海道農業共済組合連合会)は「北海道農業団体有珠山噴火災害対策本部(北農中央会事務局)」に,それぞれ結集し,連携を緊密にしながら,随時適切な現地対応に努めた.
  噴火徴候の情報に機敏に対応し,NOSAIいぶりと連合会では対策本部を内部に設置し非常事態連絡網を構築.噴火直前の3月30日には同NOSAI西支所に連合会が出向き,噴火を想定して,(1)全事業の有資格と加入状況および異動家畜の把握,(2)電算データの保全管理,(3)各事業の噴火対応損害評価方策(園芸施設・家畜の異常事故想定等)等を緊急協議した.
  その後,NOSAIいぶり西支所および西部家畜診療所は24時間体制下での業務および診療体制に入った.
 ちょうど,噴火と前後して,畑作物,園芸施設,家畜(乳牛の雌は4月2日一斉継続)の12年度共済加入時期に遭遇していたため,支所と診療所は避難所等を回り,組合員の所在確認と,営農意向およびNOSAI加入(継続)意向の確認に全力を尽くした.
  さらに,被災地のJA金融システムが停止したことから,当初継続や分納に係る家畜共済掛金の期限内納入が困難な場合の特例措置(延滞金減免措置等)についても,農水省・道へ要請し,非常事態に備えた.(幸い,JAの献身的努力で金融システムが復旧し,全戸とも期限内納入ができた.)
  家畜診療所は,胆振家畜保健衛生所の指揮下のもと,家畜防疫員として被災地の家畜伝染病発生状況調査や降灰対策等に協力するとともに,地震や爆風によるストレスを受けている家畜を見回り,健康管理指導を行なった.
  西部家畜診療所の内部事情について説明すると,有珠山の東側に位置する伊達市(診療所設置)と西側に位 置する豊浦地区(家畜が多い)の間が3月29日から4月13日正午まで交通遮断され,往診対応に重大な支障が出た.また,獣医師職員7名中,虻田町に住む2名が避難し,また豊浦町に2名が住んでいたこともあり,診療体制が分断され,全員が一堂に会せない状況がしばらく続いた.(支所業務職員も2名が避難.)
  なお,2名の避難獣医師は,家族とともに避難した先から診療業務に従事していたが,5月28日の避難指示解除により2カ月ぶりにやっと自宅に帰ることができた.
  診療所がまず困ったのは,交通遮断中の豊浦地区周辺の診療授精に用いる薬剤・精液の補充であり,洞爺湖の北側を3時間かけて迂回し都度補充するとともに,近隣組合にも協力依頼し万一の不足の事態に備えた.
  次に困ったのは「緊急通行車両確認証明書(以下「通行証」)である.通 行禁止措置開始とともに2名の獣医師分が交付されたが,その後,現地の交付が制限されて残る5名分の交付に手間取り,周辺地域の往診や避難家畜の防疫指導等に大きな支障が出た.その間,連合会が家畜保健衛生所等の支援のもと,道本庁経由で防疫上の必要性を訴え要請した結果 ,4月6日に残り全員分の交付がなされた経緯があった.
  獣医師職員7名は噴火後2週間休みなく出勤,ヘルメットと防塵マスクを常備し,通 行証のもと危険地域内にも入り,加入・非加入を問わず診療授精と巡回検診指導に対応した.避難農家が時間限定(朝晩1時間ずつ等)の一時帰宅を利用し,パトカー先導で避難指示地区内に入り,残留家畜の給餌と除糞作業に戻る際も同行し,検診する日々も続いた.
  ここで,重宝したのはNOSAI診療車両に搭載している無線機で,非常時のため電話回線はもとより携帯電話までも不通 になる時もあったが,診療所からの緊急指示や車両同士の連絡に威力を発揮した. 次第に獣医師職員の疲労が顕著になってきたことから,事態の長期化に対応するため,4月13日からは組合内部の支援体制を構築し,他の3診療所から交代で獣医師の応援がなされるとともに,万一の場合は連合会も診療体制支援に応じることとした.
  全体を通して,NOSAIが組織的に対応または配慮してきた主要事項をまとめると,次のとおりである.

・NOSAI内に災害対策組織設置(緊急連絡網構築)
・何よりも「人命第一」で現地対策本部の指示に従う
・家畜保健衛生所との連携強化(診療日報等の報告)
・組合員の所在確認と加入畜の個体異動状況把握
・組合員の営農・加入(継続)意向の確認
・継続・分納掛金の期限内徴収と特例措置要請
・加入・非加入を問わない診療授精対応
・非加入畜診療等諸料金規定の一時的優遇措置
・緊急車両通行許可証の交付申請
・診療車両へのヘルメットおよび防塵マスク常備
・避難家畜の動向把握と移動先への巡回検診
・危険地区内残留家畜の巡回検診(一時帰舎同行)
・診療体制の組織的支援方策(事態の長期化に対応)
・非加入者に対する加入推進(被災地の低加入率解消)
・電算データ(家畜共済関連)の保全管理
・異常事故想定の対応策検討(連合会との連携)


5.今後の課題

  避難指示が解除された被災地域では,当初危惧されていた農作物の収穫作業がほぼ終了し,復興の力強い足音が聞こえ始めたが,今までの間,強く印象に残ることは,何よりも「人命第一」が基調であったことである.
  洞爺湖はもともと数万年前の火山噴火により陥没してできた湖であり,明治新山(明治43年)と昭和新山(昭和19年)もそれぞれ,時の大噴火でできたものである.昭和52年の有珠山の大噴火では甚大な泥流災害をもたらした.
  今回は,そうした過去の噴火事例の徹底した研究と整備された観測体制,そして迅速な行政の対応が奏功したといわれる.噴火予知連が事前に噴火を予知し,行政も,阪神淡路大震災や雲仙普賢岳の火砕流災害を教訓に,「人命第一」の観点から迅速に判断対応し,噴火直前までに約12,000人の避難誘導を完了させ,これまで人的被害を出していないことは世界的にも評価されるという.
  NOSAIの立場では,家畜の移動禁止措置が取られる伝染病対策とは質の異なる苦労も見受けられた.人がまず避難し,次いで家畜は避難と残留に分かれた上で,帰舎または再移動し,移動先で売却されたものや出生したものもある.
  さらに避難指示地区と解除地区も目まぐるしく変動する中で,農家と家畜の消息・異動把握がきわめて困難であった.このことは,日常的な地域内有資格畜の詳細把握と大災害時における加入者との緊急連絡網作りが十分とはいえなかったとの反省にもつながる.
  また,被災地域の共済加入率が低いことから,各事業とも全戸加入推進する必要性が指摘された.特に家畜共済は,避難指示地域外も含めた3市町全域の頭数加入率では乳牛の雌が52%など,道内他の地域に比べてもきわめて低率であることから,非加入畜の診療に合わせて加入推進を積極的に実行することとした.(5月以降,2戸171頭の酪農家が新規加入し,推進成果 発現中.)
  現地NOSAI関係者は,こうした教訓を踏まえながら完全終息への期待を強め,復興への全面 支援を図ることとしている. (平成12年10月10日記)
 
引 用 文 献
[1]北海道新聞社編:有珠山噴火(2000)
[2]有珠山噴火現地営農指導対策本部(北海道農政部):有珠
山噴火に係る農業被害の概要と対策状況(2000)