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図1 プライマーp24を用いたRThPCRによる脳組織内のBDVゲノムの検出.M=分子量 マーカー,1=線条体(陽性),2=延髄(陰性),3=中脳(陽性),4=海馬(陽性),5=小脳(陰性),6=陽性対照(C6/BDV, 392bp). | 図2 線条体(馬No. 1)に形成された非化膿性脳炎像.多数のリンパ球性囲管性細胞浸潤巣(矢印)が認められる(×80). |
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図3 同部に認められた神経食現象.周囲にミクログリアの浸潤を伴う(矢印)(×330). | 図4 大脳皮質(馬No. 2)の神経細胞に認められたp40抗体陽性所見(矢印).細胞質ならびに核内にドット状に陽性反応が認められる(×330). |
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図5 大脳皮質(馬No. 1)の神経細胞に認められたp40 antisense probe陽性所見.多数の神経細胞に陽性反応が認められる(×165). | 図6 p40 sense probe陽性所見.神経性細胞の核小体ならびに核膜周囲に陽性反応が認められる(×800). |
BDV不顕性感染馬今世紀後半,スイス,オランダ,ポーランド,ルクセンブルク,ロシア,イスラエルおよびアメリカ合衆国においては,臨床症状を伴わないBDV不顕性感染馬の存在が注目され,不顕性感染馬におけるBDVの病原性について多面 的な検討が加えられてきた.特にRottら[26]がヒトの精神分裂症患者にBDV の感染を示唆して以来,人獣共通伝染病としての側面が強調され,不顕性感染馬とヒトとの関係を明らかにするために広範囲におよぶ不顕性感染馬の摘発が行われてきた[1, 12, 14, 21].その結果,予想を上回る数の不顕性感染馬の存在が明らかにされた.BDVを持続感染させたMDCK 細胞を抗原として用いた免疫染色法による検索の結果,その多くは血液中の抗BDV抗体価が1:5〜1:500と広い範囲を示している.高値を示すものでは,臨床症状は示さないものの発症馬のそれに近い値を示すことが報告されている[10]. わが国においても血清疫学的にBDV抗体陽性馬(不顕性感染馬)が存在することは明らかにされてきたが[12, 21],脳組織内でのウイルスの局在や病原性については明らかにされていない.すなわち,脳炎症状や脳組織に明確な炎症性病変は認められないが,免疫組織化学的検索やPCR,さらにはin situ hybridizationでBDV抗原またはゲノムが証明される馬が存在する.著者はこれまで異常歩行,運動器障害(骨折,腱炎,関節症),疝痛などを示す複数の症例から得た脳組織にBDV抗原やゲノムを認めている(未発表).また,原因不明の流産胎子や事故死した母馬から摘出した胎子の脳にも認めている.これらの症例におけるBDVの存在が何を意味するのかは今後の研究課題であるが,諸外国でも異常な興奮や行動,運動障害を示す競走馬に血中BDV抗体価の上昇と末梢血液細胞にBDVhRNAを認めた報告もある[2].今後,研究の中心は急性型BDよりも慢性型BDの解明に移行するものと思われる.このことは近年,BDを遅発性ウイルス感染症として取り上げる研究が多くなっていることからもうかがえる[17]. |
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その他の動物におけるBD馬,羊以外では,猫,牛,ダチョウおよび犬の報告がある.いずれもリンパ球性囲管性細胞浸潤,神経細胞変性,神経食現象,グリオーシス,ヨーストhデーゲン小体などが認められているが,動物種あるいは個体によって病変の分布や二次的病変の修飾が加わり多少の相違が認められている.猫では,はじめスエーデンにおいてstaggering diseaseと呼ばれ,原因不明の神経疾患として報告されたが[19, 24],1995年,Lundgrenら[19]によって本病が BDVによって引き起こされることが明らかにされた.その後の症例の追加によって猫の中枢神経組織には馬の病変に類似した所見とともに,脳幹部に病変が主座する例あるいは脊髄の白質変性を伴う例などが報告されている[24].牛ではドイツで,乳牛と種牛に非化膿性脳炎と免疫組織化学的にBDV抗原を証明した例が報告されている[6].また犬では,スイスのWeissenbockら[32]が報告し,脳組織の壊死を伴い,炎症性変化は軽度ながら延髄,小脳にも及ぶと述べている. |
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実験動物におけるBD兎,ラットをはじめ多くの動物種がBDの病態解析に実験動物として利用されてきたが,ラットにおける研究が多くの成果 をあげている[9, 10].BDV脳内接種成ラットでは激しい非化膿性脳炎像が形成されるが,感染後ウイルス蛋白の発現が明確になるまで炎症性反応はみられない.炎症部に出現する細胞はおもにCD4+T細胞やCD8+T細胞であり,これらの細胞がBDV感染神経細胞を認識し,細胞性免疫機構を介して排除すると考えられている.すなわち,BDV自身の直接的細胞障害よりも,自己免疫機構による感染細胞の排除が,その本態であるという考え方が主流である.また,ILh6,TNFha, ILh1a,ILh2およびIFNhγの産生が脳組織内で有意に増加しているとの報告もあり,サイトカインによる炎症誘導の機序が明らかにされつつある[9, 10].しかし,新生ラットやスナネズミを使った実験では異なった結果も得られており,宿主の感染時における免疫応答の程度に応じて,局所の応答も異なる可能性が指摘されている[22].こうした実験動物における知見が,馬のBD脳病変の分析に応用できるかどうか,今後の研究が待たれる. |
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ヒトとBDVRottら[26]の報告後,精神分裂症,そううつ病,慢性疲労性症候群など精神病患者の血液ならびに脳脊髄液中には,健常人と比較して抗BDV抗体価が有意に高いことが多く報告されている.また,神経組織内あるいは末梢血液細胞内にRThPCRによってBDVゲノムを検出した報告もなされている[4, 8, 13, 15, 34].一方,疫学的調査では,日本の馬産地に居住するヒトから得た献血液中のBDV抗体価はほかの地域から得た献血液のそれよりも有意に高かったことから,BDVが地域的に水平伝播する可能性を指摘している報告もある[29].しかし,これらの精神疾患においてBDV が原因となるのか,あるいはその病態進行に関与しているのかについては明らかにされていない.現時点ではヒトの脳内におけるBDVの局在や宿主細胞との関係,さらには脳組織内における免疫応答については不明の点が多い.将来BDV 原因説を明らかにするためには,ヒトの脳あるいは実験動物を用いてこれらの問題を解決しなければならない. |
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あ と が き古くドイツの一地方に発生した馬の脳炎が,2世紀を経てわが国に到達した.ウイルスが病原体であると明らかにされたのは,発生後1世紀を経てからである.また本病原体が,ウイルス学的に新しい科のウイルスとして独立した地位 を得たのは1995年であった[27].不顕性感染馬を含む競走馬の世界的な移動がわが国へのBDVの侵入を招いたことは疑いないが,この不顕性感染馬の存在は今後さらに重要な役割を担うことが考えられる.当教室で剖検された競走馬の19%がBDV抗体陽性で,このうちの80%が何らかの運動器疾患もしくは運動障害を示した.先の急性型2例に加えて,すべての剖検例の脳組織の病理組織学的検索を試みた結果 ,BDV抗原やゲノムが証明される症例は多数にのぼるが,明らかな非化膿性脳炎像を示す例は得られていない.こうした脳組織内での待機ウイルスの存在をどう捉えればよいのか.高度な神経系機能に与える影響,あるいは胎子期もしくは新生子期に感染した場合の神経組織の発育に与える影響など,多くの解決すべき問題が残されている.Nakamuraら[23]は,精神病患者の脳からのBDV分離にわが国ではじめて成功した.今やヒトを含む人獣共通 伝染病としての地位が確立された感があるが,BDVとヒトの中枢神経系疾患の因果 関係を解明するには精度の高い病態解析が必要とされている. |
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