最近「ゲノム」という語が目につく.生命の基本設計図といわれる全遺伝子情報で,人間のゲノム(ヒトゲノム)が,このほどアメリカの企業の手で解読されたという.
  このヒトゲノムには髪の毛や肌の色のほか,病気に罹りやすい体質,頭の良さなどに至るまで,個人の情報が書き込まれているうえに,その家系に受け継がれている病因まで分かるので,適した治療法も予見できるという.
  このゲノムを応用すれば,サソリの毒入りウイルスを開発して,害虫駆除にも使えるともいわれている.餌をあまり食べずに生産性の高い家畜の改良もできると.
  雌の馬と雄の驢馬を掛け合わせた騾馬は,粗食に耐えてよく働くが,雄の馬と雌の驢馬を掛け合わせると,大食いで働かない駄馬になるそうだが,これは雄か雌かどちらかの遺伝子しか働かないゲノム・インプリンティング(遺伝子刷り込み)という現象によるといわれる.
  遺伝子といえば,先頃イギリスの科学誌ネイチャーが選んだ20世紀の10大ニュースの中に,32年の中性子の発見などとともに97年のクローン羊ドリーの誕生が入っているという.このクローンとは,そもそも挿し木という意味だそうで,同じ遺伝子を持った個体仲間のことで,トカゲやイモリは尻尾を切られても幹細胞が多いから再生しやすいと聞いたことがある.このクローン技術で遺伝子的に家畜改良も可能になった.また,これで絶滅寸前のトキやパンダを増やせるかも知れないともいう.
  こうしてみると,抗ガンの役割りをする遺伝子を組み込んだ人間改造で,人の寿命は倍になり,地球上は100歳以上の人であふれるようになると心配する向きもある. さらに最近では,今までの臓器移植に加えて,人間に動物の臓器を移植する異種移植の臨床応用計画まであって,昨年11月開催された国際異種移植学会でイギリスの研究者が報告したという.これによれば,最初はブタの腎臓が有力であるが,問題は超急性拒絶反応を抑えるため,遺伝子を組み替えた特殊のブタまで作ったという.実験的にはこのブタの心臓をサルに移植したところ10頭中すべてにこの拒否反応は起らず,2頭は60日も生きたと.
  ただこの異種移植には,ブタ特有のウイルス感染防止の安全性,異種蛋白による生理的適合性,そして生存期間の長期化などなお問題が残るという.
  しかし,これを人間に応用することが倫理上許されるか,そしてそこまでやっての長生きは果して幸福なのか.
  生命科学者柳沢桂子氏はいう.単細胞である生殖細胞はたくさん作っていいものを残す.多細胞の身体の方は一代限りのご破算で,新しい生殖細胞で新しい個体を作り直すのだと.これが自然の摂理なのだろうに.