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熱帯地方ではイベルメクチンはこう役立つ
松本光和(愛知県獣医師会)

 北里研究所が川奈の土地からサンプリング選別した放線菌培養体OS-3153は,“虫から縁切りさせてくれるストレプトミケス”という意味の「ストレプトマイセス,アヴァーミチリス」と命名された(米国・メルク社1975年).
 このOS-3153の「アヴァメクチン」を少々化学修飾を加えて「イヴァーメクチン=イベルメクチン」が製薬品化された.植物や動物の線虫類にもっとも効力の強い治療薬を作ることができたのである.
 1990年には広く臨床で用いられるようになったが,すでに,1987年にはメルク社内での売れ行き第2位 の薬品となり,1992年には売上げ高5億ドルと予測されるまでになった.
 イベルメクチンは植物と動物(牛・馬・めん山羊・犬)の病気に有効であると同時に,人間の医療でも独自の成果 を修めつつある.中近東やアフリカ,そしてアメリカ大陸の熱帯地方の寄生虫による風土病である「河川盲目症・オンコセルカ回旋糸状虫症」の制圧に使える可能性があったのである.
 この病気の流行地域は35の発展途上国にわたり,8,500万人がそこに住んでいて,そのうち約1,800万人が感染している.感染者のうち100〜200万人に視覚障害を生じ,あるいは盲目となり,そして他の多くの人では皮膚に病変をおこしている.
 流行のひどい地域では住民の半数以上が一生のうちに目が見えなくなる.オンコセルカ症による盲目者の平均寿命は目の見える人の約1/3しかないのである.
 1987年,メルク社は「この薬を買うお金のない人達こそが必要としているのである!!」という観点から,オンコセルカ症の治療が必要とされている間「イベルメクチン」を無料で供給すると発表した.この提案は世界の製薬業界を驚かせるとともに,メルク社は将来にわたって相当な出費を約束することになった.
 イベルメクチン配布計画は1988年に始まり,1989年の終りまでに約40万ドースが使用され,1991年には総数320万ドースに及んだ.
 オンコセルカ症の制圧に成功したあかつきには,何百万という人々の生活がはっきりと改善されることになるであろう.
 川奈の土地からOS-3153を堀りだして培養を始めたとき,誰一人として思ってもいなかった称賛に値する業績が今まさに達成されつつあるのである.
(長野 敬他,訳「動植物の化学戦略」から概略を転載)

 そこで,あくまで筆者の“独断と偏見である”が,現在の「動物用イベルメクチン・特に犬用」の高値安定の舞台裏には〈WHO・メルク社〉が発展途上国にあるオンコセルカ症撲滅のため,「犬用イベルメクチン」で得た利益を活用しているという事情があるのではないかと考える.
 もしそうだとすれば,われわれ日本の開業獣医科病院の小動物獣医師は「世界の公衆衛生オペレーション」に相当の寄付をしているものと考えてもよいのではないか.  そして〈オンコセルカ症撲滅作戦〉を完全に成功させるために,
(1) 「犬用イベルメクチン」の高値安定にあまんじることも必要であろう.
(2) 薬局等におけるクライアントへの直接販売(無診察販売)は許してはいけない
(3) 獣医師自らが,「犬用イベルメクチン」を目玉 にしたり,前述の文献に明記されている「光によって変質するイベルメクチン水薬」をクライアントを欺いて売り渡してはいけない.
(4) 獣医学の尊厳のためにも,臨床検査は厳しく行い,陽性犬には適合する処方を行う.万一にも副作用による被害を出すようなことがあってはならない.
(5) 上記WHO・メルク社の世界戦略の延長線上で結果 として小動物の医師達が潤ったとしても,世間から指弾されるいわれはないのである.それでも「自らの裁量 権」を楯に畜主の利益を優先するとの名目で「水薬」を安く販売してはならない.“長期間(1〜2カ月)置くとイベルメクチンは光の作用で無効になること”を獣医師として知らないはずはないと畜主さんから告訴されかねないことを十分に考えるべきであろう.
(6)

「世界の公衆衛生の向上目的のWHO・メルク社の世界戦略」にわれわれ獣医師が最大限に協力するためには,「イベルメクチンの要指示薬指定」は最ものぞましかったと考えるものである.

  最後に1997年12月9日(火)の朝日新聞を転載して参考に供す.
 「愛に恵まれない人々に“愛”を差し延べるのが政治でありそして医学であり,またWHOでもある.赤十字も又,然り」