今年も正月の寄席は晴着で賑やかだった.せめて正月ぐらいは笑って明るい年にと客が詰めかけ,芸人は落語や漫才でここぞとばかり小咄やギャグで笑わせる.
ところで東京には現在寄席が4軒しかないが,落語家は390人ほどいるという.師匠をみつけて弟子入りできれば誰でも落語家になれる.一定期間修行を積んである程度のレベルに達すれば真打ちになれ師匠と呼ばれる.
  合格者に定数がある資格試験ではないから,落語家の世界に新規参入の規制はない.しかし昔の修行は厳しく客が欠伸をしようが居眠りをしようが,前座は時間つなぎに長時間喋らされて芸を磨いた.近頃はギャグが当たれば一躍テレビに出て派手に活躍するが,原点を忘れる.
  でもそうした売れっ子はごく一部にすぎず,一方古典落語をじっくり聞かせる落語家も少なくなったのか.
  そして東京では寄席1軒に落語家100人もの勘定になるから,高座に上がる機会が少なく売り込みが大変だと.
  さてこの落語界をわが獣医界に置き換えてみた.
  現在全国に動物診療施設が約9千軒あるといわれるが,このうち小動物病院は判然としないが7千軒以上になると思われる.全国で飼育される犬は推計約1千万頭,猫は約7百万頭という調査もある.しかし,いかに客層が多くても寄席に来る人,つまり動物病院に来る人はある程度限られていて,そのうえ立地条件で相当差がある.
  問題は,毎年千人もの獣医師が誕生し,そのうち約半数が臨床志向ともいうから,動物病院は将来増えていくのか,一つの病院に複数の先生が集まる傾向になるのかである.近々都市部の動物病院は飽和状態が予測され,高座に上がろうとする落語家がひしめくのと同じ状態になるのかも.たとえ新たに寄席を増やしたところで,出しものによっては客がばらけるのと同様の心配もある.
  いずれにしても,客は寄席の顔ぶれをよく選んで集まるように,動物病院とて先生の人柄や技術をみて訪れるだろう.その限りでは,落語家が芸を磨き,自分の話術に対する客の反応をみながら爆笑を誘い,真打ちとして名声を得ようと努力するのは臨床家も同じだと思う.
  落語家の中には,ギャグばかり飛ばしてタレント化するのもいるが,飽きられて長続きしない.しかし渋い古典落語が流行らないのも昨今である.他山の石としたい.
  いや,神聖な獣医界を落語界に重ねること自体不謹慎だとお叱かりがあるだろう.ただ95年宣言や獣医療の基本姿勢なる対症療法も当然だが,21世紀へ向けて真の動物病院のあり方を問いたかっただけ.暴言深謝.(寅)