論 説
実験動物界に身を置く獣医師の思い 財団法人 動物繁殖研究所理事長 上松 嘉男 ![]() 学生時代研究室の教授に「動物実験は小動物の臨床である.動物をただ見ているのではなく,獣医師としてよく観ろ.観察をよくすることにより見えないものが見えてくる」とよくいわれた.また,動物実験の精度を上げる(再現性のある結果)にはいかに観察力と実験動物の品質が問われるかを身を持って体験してきた.このような経験を踏まえて,実験動物に係わる仕事をしてきた獣医師の1人として最近感ずることを書いてみたいと思う. 近年わが国においても動物愛護・動物虐待防止の考え方が一般的なものと成りつつある.われわれはそこで「実験動物は科学的に管理されているので,動物愛護等の問題とは関係ない」などといってはいられない.このようなアニマルライトの問題や昨今の日本の経済状況下での実験動物業界は大変厳しい環境下に置かれている. さて,動物実験は対照動物すなわち,ヒトはヒトで,ウシはウシで,イヌはイヌで行なえば動物種差の問題を考慮しなくて済むことだが,特にヒトではそうもいかない.ヒトや大動物の代替として実験動物が生まれたが,最近さらに実験動物の代替として微生物や培養細胞が実験系として生まれてきている.一方,新しい研究の進展により,その研究に見合う実験動物も要求される.たとえば,疾患モデル動物の作出であるが,これには手術等処置動物,突然変異動物からの育種あるいは遺伝子操作動物等がある.一方,家畜(ブタ等)や野生小動物からの実験動物化もある.今後のライフサイエンスの進展でどのような研究が進み,どのような実験動物が必要になるかわれわれは常に見極める必要がある. また,世の中の動きと科学技術は無縁であるはずがなく,ヒトゲノムの構造解析が21世紀初頭には終了するといわれ,遺伝子の機能や疾病の発症過程等の解析に入ると思われる.このような研究が進むに連れ,癌やアルツハイマー病等の発症機構の解明がなされて行くであろう.一方,動物による実験系とヒトとの病態は異なるのか同じなのか.異なるならどのように,あるいは共通性はどこにあるか,というような研究をわれわれは進めておくことが必要である.当然のことながら実験動物側のゲノム解析も必要になる.実際マウスやラットでは世界中でその解析が進められている.特に疾病に絡んだ問題には獣医師が必要である. 21世紀の産業基盤技術と期待されるバイオ技術の研究開発はコンセンサスの段階からアクションの時代に入ると思われる.胚性幹細胞を培養して,拒絶反応のない組織や臓器を作れる可能性を求めた研究が進められる一方で,拒絶反応が出ないような遺伝子を操作した無菌ブタ等の組織や臓器をヒトに移植する研究も進められている.しかし,異種臓器を移植してその人の寿命までその臓器が生き永らえることができるのか,当座の人工臓器として考えるのか,動物での実験で解明しなければならないことが沢山ある.獣医師はこのバイオ分野での産業をリードする必要があるのではないだろうか. 一方,日本移植学会では将来異種動物からの臓器をヒトに移植するに際して,獣医師も手術チームに加える必要性も提言しているようである.これ等に対応できる獣医師の養成も至急始める必要があるのではないだろうか.実験動物に係わりながら,このようなバイオ技術の進展をみるに付け,獣医師の裾野を広げなければならないことを強く感じている.それに加え近未来に要望される獣医師の養成も急務である.獣医学教育の充実を至急図る必要性を強く感じてならない.難しい問題もあると思われるが,特に大学関係者のご努力を切にお願いする次第である. |