論     説

展示動物の飼育環境について

(財)東京動物園協会理事 正 田 陽 一

 動物園に展示されている動物の飼育環境に対して,動物福祉の面からの非難の声をしばしば耳にする.確かに,野生動物をその本来の棲息地の自然環境や行動・生態をまったく無視したような動物舎で飼育している動物園も,いまだに残っているのは残念ながら事実である.しかし,現在の多くの都市動物園における動物の飼育設備について見ると,20年前とは大きく様変わりしているのに気づく.それは次の2点についてである.
  近代動物園の重要な役割として「環境学習の場」ということがあげられる.「動物園は自然の窓である.」という言葉もある.その目的のためには,動物の飼育環境が棲息地の自然環境を彷彿とさせるものであることが何よりも必要であろう.
  展示動物の周辺に,岩や根返りした倒木などの野生の自然景観を構築して,来園者が棲息地に入り込んだような錯覚を抱かせる―ランドスケープ・イリュージョン(landscape illusion)という考え方が生まれたのはアメリカのウッドランドパーク動物園が最初とされている.その後,サンディエゴ動物園の「コピー」「タイガー・リバー」「サンベア・フォレスト」「ゴリラ・トロピック」がつぎつぎと作られて,「生態的展示」とか「一体展示」という言葉が1つの流行語となった.
  わが国にも同様な施設は,大阪の天王寺動物園の両生・は虫類館(愛称アイファー)や上野動物園の「ゴリラの棲む森」「トラの棲む森」などが作られていて,来園者の好評を得ている.ことに前者は,景観の再現のための現地調査も充分に行われており,また観客のアプローチや通路にも配慮が行き届いていて素晴らしい展示となっている,と私は思う.
  ただ,この種の展示の場合,周囲の植物相は生きた植物を使わずに擬木や造花といった人造物で代用されることが多い.アメリカの博物館で発達したジオラマの技術がそこで威力を発揮する.植物の気候への適応力の低さからいっても,また,収容動物による被害の面からもこれは止むを得ないことであろう.観客にとって臨場感にあふれる景観も,収容されている動物にとってどれだけの意味を持っているのかは疑問である.
  行動圏を著しく制約されている展示動物にとって,野生の時の行動の多様性を発揮させるためには,周囲の自然環境を模倣する以上に大切なことがあるのではないか?という見地から「環境エンリッチメント(environmental enrichment)」ということが見直されるようになってきた.
  これは,野生の状態における行動様式を質的にも量的にも飼育下で再現させることが飼育動物の福祉に適った飼育であり,そのためにはその行動を誘発する飼育環境の多様性を工夫する必要があるということである.
  一例をあげれば,野生動物は1日の大半の時間を採餌(探索―狩猟・採集―採食)に費やしている.動物園では餌は飼育係が準備して決まった時間にまとめて与えられるので,食べるのに時間はかからない.「ひまと退屈」がその結果として生まれる.上野動物園ではゴリラのピーナッツを寝わらの中に蒔いたりして探索に時間がかかるように工夫している.
  野生のキリンは長い舌でアカシアの棘の間の若葉を食べている.動物園で乾草やペレットで飼うと,「舌遊び」といって舌で柵や壁を嘗める異常行動を示すが,これも餌の給与方法を工夫すれば防げることである.
  チンパンジーの放飼場に植栽として生きている樹木を植えたら,飼育密度の関係から短期間で枯死するだろう.自然環境下で樹木の果たしている役割を考えて,餌としての緑餌は別に充分に与え,運動場としての役目はジャングルジムに代行させれば,植栽のグリーンの環境は長く維持されるだろう.
  動物園が環境学習の場であるために必要な「ランドスケープ・イリュージョン」と,動物福祉のための「環境エンリッチメント」―両立し難いこの2つの命題をどのように調和させるかが,これからの動物園には求められている.